Beautiful Life ?

02

 絵里は母親の小坂裕子と二人暮らしだ。
 父親は三年前に他界し、兄は家庭を持ち海外で暮らしている。結婚をして一度は家を出た絵里だったが離婚を機にローンを完済済みの一軒家に一人で暮らす母親の元に戻ってきたのだ。
 数年前に定年退職をした裕子は現在年金暮らし。蓄えも夫の残してくれた財産もあり自分の生活に不安はなかったが、33歳になって家へ戻ってきた娘の身を案じている。

「そう、おめでとう! いつから働きに出るの?」
「来月から。細かい日程はまだ決まってなくて連絡待ち。あぁ、これから毎朝6時起きだわ。……ママ、頼りにしてるね?」
「何言ってんの。自分で起きなさい」

 裕子はわざとらしくため息を吐くとふっと笑った。
 美容関係の仕事に就き定年まで働き続けた裕子は実年齢よりうんと若く見える。ベリーショートの髪は白髪交じりだが艶もあって、すっきりとした首筋からデコルテにかけてのラインも手入れが行き届いていて自信があるのか首元が開いたニットを着ている。

「ママがいなくなったらどうするの」
「そんな寂しいこと言わないでよ」
「でもこのご時世すぐに職が見つかるなんてツイてるわね。安心した」
「……心配かけてごめんね」
「えっ? 別に心配なんてしてないわ?」

 裕子が自分の身を案じていることも、たった今ついた裕子の嘘も絵里は気付いていた。

「どんな会社なの?」
「うん。外資系の化粧品メーカーで……」

 友人宅から戻った絵里は、母親に就職が決まった報告を済ませると自分の部屋へ行き部屋着に着替える。
 今絵里が使っている部屋は、家を出る前まで自分が使っていた部屋だ。結婚と同時に部屋の荷物は片付けていたのでまだ物は少なく殺風景。家に戻ってきてすぐに旅行に出かけたため荷物の整理もまだ途中だった。
 絵里はバッグをベッドの上に放り投げるとノートパソコンを開いた。新着メールの表示をクリックして送り主を確認すると絵里の口角がゆっくりと上がる。

「使ってくれてるんだ……嬉しい」

 添付ファイルを開くと、ガラスの表面に葉のモチーフが描かれたシンプルな花瓶に黄色のバラの花が生けてある写真だった。
 絵里が旅行先のニューヨークで世話になった家族にお礼にと贈った花瓶。最後の夜に渡しそびれてしまったが簡単な手紙と一緒に部屋を出る時に置いてきたものだ。
 世話になった家族の娘、リアとは日本に戻ってきてもメールでのやりとりを続けていた。
 絵里はパソコンを閉じると部屋の片隅に積まれた荷物に目を向けた。旅行時の荷物や、旅行先で買ってきた品物が紙袋に入ったまま放置してある。

「片付けなきゃね」

 絵里は重い腰を上げると荷物の片付けにかかった。


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