恋蛍~君の見ている風景~【恋蛍 side story】
「帰ります。お邪魔しました」


バッグを持ち、玄関へ向かうと榎本さんに呼び止められた。


「ちょっと待って」


振り向くと、榎本さんが駆け寄って来て「ほい」とあたしの手のひらに鍵を乗せた。


「何ですか? これ」


首を傾げると、榎本さんはくすぐったそうに笑った。


「持ってないんだ、携帯電話ってやつ」


「えっ! 今時?」


「だってほら。日本にいたりいなかったり。というか、一度日本を離れると1、2年戻らないとかザラだから」


「はあ……それもそうですね」


「だから、用事ある時とか暇な時とかいつでもおいで。鍵が閉まってたらそれで開けて勝手に入っていいから」


「……いいんですか、こういうことして」


「いいも何も。金目の物なんてないし」


へらっと笑って室内をぐるりと見渡した彼に、あたしはふるふると首を振った。


「そういう意味じゃなくて」


「じゃあ、どういう意味で」


「だってこれ合い鍵ってことですよね?」


「うん」


「どうしてですか? あたしたち別に……」


恋人でも何でもないのに。

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