その時あの子は『独り』だった。
【林田絵理子side】


「……」


屋上の端から、あたしはボーッと校庭を見下ろしていた。

小さな世界を、見下ろしていた。
















…もう、あの教室に、あたしの居場所はない。














日ノ宮はあぁ言ってくれたけど、他の人もそうとは限らない。


もし、受け入れてくれても、きっとそれはうわべだけ。

本気じゃない、絶対に。



「…何やってんだろ、あたし…」


あたしは、あいつ――日ノ宮の言う通り、怖かったんだ。

また、いじめられるのが。

独りになるのが。


あたしは、また、自分の世界を壊されるのが、怖かったんだ。


弱いから壊される。

弱いからいじめられる。

弱いからたくさんのものを失う。

弱いから、独りになる。























ツヨカッタラ?





















その為に

髪を明るくして、

化粧もして、

言葉使いも変えて、

性格も変えた。


里美は

「私が守るから、もう大丈夫」

って言ってくれたけど、あたしにはそれじゃあ足りなかった。


不確かで、不安だった。


だから、確かなものを手に入れて、安心したかった。


だから、あたしは立花をいじめた。



確かな地位と、安心を得たはずだった。


なのに――――




「……もう、終わりだ」


両親がいないあたしの居場所は、学校だった。

教室だった。


それを失った。


居場所がないあたしは、どこに行けばいい。


あたしは一歩、屋上の外へ、踏み出そうとした。




――――バンッ!!


「「林田!!」」

「「絵理子ちゃん!!」」

「絵理子!!」

「っっ!!」


後ろを見る。


屋上の出入り口には、クラスメイト、全員がいた。

皆、あたしを見て目を丸くする。


なんで、ここがわかったの。

なんで、追いかけてきたの。




なんで――――あんたがいるの?




「…立…花……」

「…」

あたしを見つめる瞳には、まだ恐怖があった。

同じだ、昔のあたしと。


「――――止めて!絵理子ちゃん!!」


一条が叫ぶ。


偽善者が…


「…あんたに、何がわかる…あたしは」

「分かんないよ!」

「!?」


一条が、また、叫ぶ。

なんで、泣いてんのよ。


「わかるわけないじゃん!!
あたしは絵理子ちゃんじゃないもん!
一条愛だもん!!

言ってくれなきゃわかんない!」

「…やめてよ…」

「やめない!
だって、絵理子ちゃんがやろうとしてることは、絶対間違ってる!」

「来ないで!!」


一条が青い顔をして、進めようとしていた歩を止めた。


「来たら、とぶわ」


あたしは本気だった。


「絵理子ちゃん!だめ――――」

「うるさいうるさい!」


それ以上踏み込まないでよ!あたしの世界に!

もう壊さないで!


「…あ、あんたなんかに…あんたたちなんかに何がわかるって言うのよ…

ちゃんと、『ダメだ』って言えるやつらに、あたしの何がわかるって言うの!?
言えなかった人の気持ちなんて、わからないでしょ!!」


全員が、ハッとした表情になる。


「…あたしは言えなかった
それが、友達を追い込んだ

あの子は…あたしのせいで死んだんだ

もう嫌だった
大切な何かを失うのが

だから強くならないと…
弱くならないように、壊されないように、独りにならないように…」


昔、仲のいい子がいた。

その子がいじめられたとき、あたしは何もできなかった。

ほどなくして彼女は屋上から飛び降りて自殺した。

次のいじめのターゲットはあたしになった。

あたしはいじめに耐えられなくなって、逃げ出した。

転校して、あたしは誓った。


もう、何も失わない。


「…でも、それももう必要ない」

あたしは下に目を向けた。

「だって、もうあそこにあたしの居場所は、ないもの」

「ッ!絵理子!!」

「さようなら、里美
最後まで振り回してごめんね

…でも、これが最後だから」


あたしは、ゆっくりと体を傾けた。


























「――――ダメエエエエエエエエエエ!!」







「!?」


ぐんっと、腕を後ろに引っ張られた。


そのまま後ろに倒れこむ。

誰かが、あたしに馬乗りになった。


「――――逃げないでよ!林田さん!!」

「…立…花」


立花だった。


ポタッと、あたしの乾いた頬に、立花の涙がこぼれた。


「逃げないでよ!
逃げるなんて…林田さんらしくない!!

それに…し、死なないで!
生きてよ!
その友達の分まで、生きてあげてよ!」


あたしに訴える立花を、あたしは黙って、目を見開いて見ていた。


らしくないって…あんたが叫んでる方がらしくないし。


でも、涙を流しながら訴える立花の言葉は、あたしの心に響いた。


「…今は、辛いかもしれない

でもいつか、生きててよかったって日が、必ず来るよ

それはずっと先のことかもしれないし、明日かもしれない
いつかは分かんないけど、必ず来るから…

……だから、今を、生きようよ

諦めずに」


泣いてたけど、まっすぐな瞳だった。


痛いほど、胸に刺さる。


「…居場所は、また、作ればいい」

「日ノ…宮」

「俺が手伝う、学級委員だし」


そう言って、あたしたちのそばに来ながら言った。


「俺も手伝わなくもないし~?」

「!!それならあたしだって手伝う!」

「私も!」

「手伝う!」

「…みん、な…」


乾いていた頬に、熱い、涙が流れた。


「…私も手伝うから…

だから、戻ってきてよ」

「立花…」


生きていいんだよ。

そう言われてる気がした。

生きたい。

そう思った。


「……ごめん、なさい」

「林田さんの苦しみ、もう知ってる
わたしと、同じだったんだね

…許すよ

だから、生きよう」


































「――――――――――――うん」







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