甘いささやきは社長室で



「……桐生社長は、最近はお礼を言ってばかりですね」



お礼を言われるようなことなんて、私はしていないのに。だけど、心から言っているのだろうそのひと言はやっぱり嬉しくて、微笑みはたえない。



「さて、と……おかゆ作ってあるんです。温めて持ってきますね」



そんな表情を見られるのが恥ずかしくて、逃げるように立ち上がる私に、桐生社長も体を起こす。



「あ、マユちゃん」

「はい?」



呼ばれた名前に振り向くと、ちょいちょいと手招く彼に、なんだろうと屈んで顔を近付けた。

すると、伸ばされた腕は背中に回され、突然私をぎゅっと抱きしめた。



「わっ……な、なんですか」

「なんとなく。抱きしめたくなったから」

「なんとなくって……」



いつもなら、『離してください!』と無理にでも体を引き離すだろう。

けれどどうしてか、今は熱いその体を離すことは出来なくて、おとなしく抱きしめられたままその胸に頭をあずけた。



ドク、ドク……と聞こえる、彼の心臓の音。

自分の体からは、それより早い自分の心臓の音が聞こえて、この音が彼にも聞こえているのだろうかと思うと、恥ずかしさで一層鼓動が早くなってしまいそうだ。



だけど、離れられない。このままでいたい。

そう思ってしまうのは、どうしてだろう。



分からない、けれど。たしかなものは、早い鼓動と愛しさだけ。







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