甘いささやきは社長室で





カツカツカツ、とヒールの音が長い廊下に響き渡る。それは突き刺すような私の性格を象徴しているかのようだ。



「お疲れ様です、この書類明日までにお願いします」



営業部のドアを開け、そう笑顔ひとつなく言って書類を手渡すと、営業部の男性社員は「はい」とそれを受け取った。



東京・港区、品川駅から徒歩10分の場所にある、地上12階建てのオフィスビル。

その中の11・12階を占めるのが、食品卸売会社『セントラル・フーズ』。

契約先の農家やメーカーが生産した食品をレストランやスーパーなどへ卸す、食品流通のパイプ的役割の会社だ。



「真弓さん、この書類はどうしたらいい?」

「こちらで預かっていきます。あと営業部の方が数名、先月の残業申請が出ていないので早急にお願いします」



そう淡々と言うのは、社員数100名ほどのこの会社で総務部社員として働く私・真弓絵理、26歳だ。



黒いジャケットにボタンひとつも外すことなくきっちりと着たワイシャツ、膝丈のスカート。

それに加え、ヘアゴムでひとつに束ねた黒く長い髪と、きつく見られがちなアーモンド型の目。



かわいげや洒落っ気のない、真面目さしか特徴のない身なりの私は、ごく普通のOLだ。



「今日もキビキビ働いてるねぇ。さすが“氷の女王・真弓”」



……その、変なあだ名を除いては。




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