チェロ弾きの上司。


「何よ、モッチー。いつもならイケメンで楽器上手い人の話には喰いついてくるのに。何かあるでしょ」

アカリン、鋭い。




「あはははっ!」

真木さんが会社のスパルタな上司であること、鼻歌を音痴だと言われたことを訴えると、アカリンの反応は爆笑だった……。

「まあ、よかったじゃないの、1楽章って言われなくて」

確かに。
チャイ5の1楽章と4楽章は同じようなメロディで、短調と長調なのだ。
明るい長調のつもりが暗い短調だと言われた時のダメージは甚大だ。

「でもさー、バレないなんてムリじゃない?」

「へーきへーき。ああいうイケメンは、あたしみたいな地味な子、気にもしないって」

ヴァイオリンパートはファースト・セカンド合わせて24人もいるのだ。
しかもあたしは今回の定演全ての曲でファースト。チェロとは距離がある。

「挨拶くらいはしておいたら?」

「バレたらする」

「子どもだなぁ……。後でこじれても知らないよ?」




あたしは、後に、この友人のありがたい忠告に素直に耳を傾けておけば良かったと悔いることになる。





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