雪国ラプソディー

自分の席にたどり着くと、机の上にひっそりと置いてあった見慣れない小包が目に留まる。〝総務部秘書課 浅見様〟と書かれた伝票の差出人は。


「東部第4営業所 小林、って……」


急激に体温が上がっていく感覚が、全身を駆け巡った。風邪のせいだと自分に言い聞かせながら、立ったままはやる気持ちで包みを開ける。

そこには〝お見舞い〟と書かれた紙と、かわいらしい鳥の形をしたお菓子が収まっていた。同封されている紹介文を読むと、どうやら〝白鳥クッキー〟という名前の銘菓らしい。

思わずすとん、と椅子に座る。
どうして、こんなことをするんだろう。諦めようとしていた気持ちが、諦めきれなくなってしまいそうだ。


ええと、とりあえずお礼の電話をしなければ……。


私は受話器をあげると、伝票に書いてあった営業所の電話番号をプッシュした。


『はい、マナカ商事東部第4営業所です』

「あの、本社総務部の浅見と申します」

『えっ、ホントに浅見ちゃん!?大丈夫?……風邪引いて休んでるって聞いて』


やっぱりそのことを知っているんだ。村山さんの心配そうな声を聞いて、懐かしさよりも恥ずかしさが勝ってしまう。せっかく熱が下がったのに、またぶり返しそうなほど顔が赤くなるのが分かる。


「今日はなんとか出社できました。すみません、色々ご迷惑をおかけして」

『あの堅物の小林さんがものすごく心配してたよ。〝俺の浅見が〟って毎日気にしちゃって』

「へっ?」


いきなり出てきた小林さんの話題に、訳が分からなくなった。受話器の向こうでは「何言ってるんだよ」とガサゴソ聞こえる。
押し問答している二人の様子が目に浮かんで、思わず通話口を抑えて笑った。


『……もしもし』


突然、ずっと聞きたかった声が聞こえた。
冷たさの中に優しさを隠している、少し低い声。

息が上手く吸えない。
ついこの前初めて会ったばかり人なのに、もう会いたくなっている。


『浅見?』


私が何も言わないので不審に思ったのか、今度は名前を呼びかけられた。
どうしよう。耳元に直接声が来るから、電話ってめちゃくちゃ恥ずかしい!


「……浅見です、小林さん……」


なんとか絞り出した私の風邪声を聞いて、ひどい声だな、と笑う気配がした。


「お菓子、ありがとうございます」

『白鳥のこと相当気に入ってたみたいだったから。具合良くなったら食べて』


相変わらず素っ気ないけれど、私は、その奥の奥の優しさを知っている。
そこでふと、カバンに入ったままのあるものを思い出した。


「すみません、私マフラー返し忘れてました。すぐ送りますね!」


こんな忘れ形見みたいなもの、持っていたらいつまでも引きずってしまいそうだ。早速今日宅配便で送ってしまおう。


『いや、いい』


放たれた一言に、思考停止した。

< 59 / 124 >

この作品をシェア

pagetop