雪国ラプソディー
・・・・・


どうして私はこんなに間が悪いんだろう。


「すみません、本当に……」


穴どころか、いっそ墓穴に入りたいほど恥ずかしい。久しぶりの小林さんの声は、少し優しく感じる。


『仕事大変そうだな』


主に貴方の後輩の対応が大変です! と喉まで出かかったけれど、すんでのところで抑えた。


「年度末が近いですからね、バタバタしてはいます」

『こっちも』


お互い忙しいな、と電話で言われると、何だか秘密を共有しているような気持ちになる。


小林さんと話すのは、営業所への出張の後にお礼の電話をして以来だ。もっとたくさん話したいけれど、仕事での接点も無いし、特に用事があるわけでもない。

それに、もう私のことなんて忘れているかもしれないと思ってしまうこともあった。この受話器を上げて営業所の番号を押すだけで話が出来るのに、そう考えると勇気が萎んでしまうのだ。

そんな上がったり下がったりの毎日を過ごしていたため、今こうして小林さんと話せていることが信じられない。夢かもしれないから抓ろうと頬に手をあてると、あまりの熱さに驚いた。


ーー私、今、真っ赤を通り越して、真っ黒なのではないか。炭みたいに。


『……急に静かになったな』


さっきの勢いはどうした、と笑われた。電話越しだと、笑い声が鼻にかかって掠れて聞こえて、より一層ドキドキする。


「あ、いえ、何でも。小林さんが電話くれるなんて珍しいなと思って」


いかにも平静を装って話してしまう。本当は、緊張のあまり押しつぶされそうだ。

この電話は一体何の用事だろう。まさか、また忘れ物?

色々と思案を巡らせていると、小林さんは、そのことだけど、と切り出した。


『……実は来週、本社に出張になりそうなんだ』


突然の予告に、私の頭の中は真っ白になった。


「……え?」


ーー本社に出張? と言うことは、私、小林さんに会えるの?


「ええーっ?! ほ、本当ですか?」


ガタン!という大きな音と共に、机に太ももがぶつかって痛い。私は思わず立ち上がってしまっていた。
周りの社員の驚愕したような視線を浴び、はっとして椅子に座り直す。


『約束しただろ。行くときは連絡するって』

「……」


何だかもう、いちいちズキュンと胸に刺さる。私は、胸がいっぱいでしばらく声を発することができなかった。



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