雪国ラプソディー

今日の私の目的は、もうひとつあった。
自席へ戻って小さな紙袋を手に取ると、急いで小林さんを追いかけた。


「あの、これ……お返しします」


エレベーター前の、大きな窓が付いている廊下は眺めがいい。そこで待っていてくれた小林さんに、黒い紙袋を手渡した。中をちらと覗き込んだ彼の、口元が少し緩んでいる。


「その節はありがとうございました。……結局風邪引いちゃいましたけど」

「あの時は、本当ひどい声だったな」


思い出したように笑われる。あの雪国出張から戻ってきて、私はひどい風邪を引いてしまった。熱は下がらないし声はガラガラだしで、大変だったのだ。小林さんにお礼の電話をした日は、熱は下がったけれど声は戻っていなかったので、とても聞き苦しいものを聞かせてしまったことになる。改めて思い出すと、恥ずかしさでむずむずしてくる。


「もう、大変だったんですよ。声が出ないから電話も出られなかったし」


拗ねてそっぽを向くと、窓の外に夕焼けが見えた。今日は雲が厚いため、遠くが朱に染まっているのに近くは薄暗い。どことなく物悲しさを感じた。


あの黒い紙袋の中身は、寒いから、と小林さんが貸してくれたマフラーだ。あの日帰る前に大きな川に寄って、私は生まれて初めて白鳥を見た。白くて大きい白鳥たちが珍しくて、しばらく眺めていたっけ。

そして私は、誤って小林さんのマフラーを巻いたまま帰宅の途についてしまったのだった。


「浅見、これクリーニング出した? わざわざいいのに」


取り出したマフラーに付けられていた、細長いタグに気付いた小林さんが驚いている。うっかりクリーニングのタグを外し忘れていたことを知り慌てているところに、今度は小林さんが白い紙袋を手渡してきた。


「……これは?」

「本当は、今夜浅見に奢ってもらった時のお礼用だったんだけど」


悪戯っぽく言われて、また私の心臓が活発になってきた。そんなことを言って、小林さんは奢らせてはくれないことも、私は知っている。


「メシ行けなくなったお詫びに」


袋には外国語のロゴ。中を覗くと、うっすらと甘い香りが鼻孔をくすぐった。


「うーん……いいにおいがします」

「最近こっちで人気の店なんだ。新幹線乗る前に寄ったら開いてたから」


わざわざ買ってきてくれたのが嬉しくて、つい口元がふにゃふにゃになってしまう。慌てて手で隠したけれど、きっともう見られてしまったに違いない。

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