リアル
「……でも、もうそんな顔はさせない」


心の中が、動揺や不安でぐちゃぐちゃになって、今にも泣きそうになったあたしから目をそらして、森川さんは続けた。


「おれが、忘れさせる」


その“対象”を、はっきりと明言しないのは――きっと、森川さんの優しさに違いない。

あたしたちふたりの間には、暗黙の了解があった。


それは、もちろん――カイ先輩のこと。

あたしがカイ先輩へ募らせていた恋心を、森川さんはすべて知っている。


じゃあどうして――……











「帰ろうか」


そう言って立ち上がった森川さんは、もうすっかりさっきの顔に戻っていた。

あたしが森川さんのそばにいるようになって、見せてくれるようになった笑顔――それは今この瞬間も、変わらなかった。


「……はい…………」


差し出された手を借りて、ふらふらしながら立ち上がる。

氷のように冷たくなったあたしの指先を重ねた手は――やっぱり、あたしとおんなじくらい冷えきっていた。




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