レンタル夫婦。
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少し長めにお湯に浸かって、お風呂から上がった。
それでも湊の姿はなかった。
スキンケアをして、テレビを見ながら頭をドライヤーで乾かしていく。
……と、ガチャガチャと鍵の開く音がして、バタバタと慌ただしい足音が響いた。

「ごめんっ遅くなった!」

駆けこんできた湊は、息を切らせてそう言った。
――なんだかたったそれだけなのに、私は泣いてしまいそうになった。
意味がわからなくて、こんな感情は知らなくて、誤魔化すみたいにドライヤーの風を強くする。

「あ、おかえりー。遅かったね」

ドライヤーの音に紛れさせて、顔を髪の毛で隠してそう言葉に乗せた。
大丈夫、きっと笑えてる。
重い女だなんて思われたくない。
湊にとって意味のない一言に縛られていただなんて知られたくない。

「……本当ごめん、予定より遅くなって」
湊は私の方を見て、そう申し訳なさそうに俯いた。
それだけで少し苦しさが和らぐ。
それを不思議に感じながら、気持ちが安定した所でドライヤーのスイッチを切った。

「遅くまで、おつかれさま。……ごはんあるけど食べる?」

出来るだけ笑顔で明るくそう言った。感情を知られるのが怖かった。

「ただいまみひろさん。……ごめん、今日はもうすぐ寝ようかな。折角作ってくれてたなら、本当ごめん」
「ううん、適当に余りもので作っただけだし、気にしないで」

――大丈夫、だよね? 私は上手く笑えてる?
少し不安になりながら、それが出ないように必死に取り繕う。
指先が震えそうになって、湊から見えない位置に隠した。

「……本当、ごめん」

湊は何度目か分からないごめんを呟くと、ソファーまで近寄り床に膝をつくようにして私を抱きしめた。

「みなと……?」
「はー……みひろさんの匂いだ。帰ってきたって感じする」

首元に顔を埋められて、そんなことを至近距離で言われる。
もうそれだけで心臓が飛び出して壊れそうだった。
ドキドキが止まらない。

「湊……」
「待っててくれてありがと、みひろさん。……ごはんは、明日起きたら食べるから」

そっと名前を呼ぶと湊は顔を上げてそう笑った。
少しだけ困ったようなその笑顔が、私の胸の奥を攻撃した。
苦しくて、痛くて、……きゅってなる。

「ねぇみひろさん……埋め合わせってわけじゃないけど。明日良かったら一緒に出掛けない?」
「明日?」
「うん。……デート、しよ」
「で、でーと……?」
私は、まるでそれが初めて聞く単語であるかのように繰り返した。
デートを知らないとか、したことがないわけじゃないのに。
湊の口から出たその3文字は、私が知っているそれとはまるで違うものみたいで。

「どこ行きたい? みひろさんの行きたいところ、どこでも付き合うよ」

湊がそう言って至近距離で笑うから。
私はもう、ただただ頷くしかなかった。

「湊と一緒なら、どこでも……」

顔が熱いし、鼓動はうるさい。
こんな恥ずかしいセリフをよく言えたものだ、と体の中のどこかにいる冷静な私がつっこみを入れる。
だけど、湊はバカにして笑ったりなんかしなかった。
嬉しそうな表情でそっと顔を寄せてくる。
その額をこつんとぶつかり至近距離で唇が動いた。

「じゃあオレ、みひろさんが喜ぶコース考えるから。明日、楽しみにしてて」
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