レンタル夫婦。
8章:混乱、嫉妬
**
――残り、14日

朝、湊は寝ているみたいだった。
お弁当だけを作ってメモと一緒に置いて出勤した。
会社に居ても、頭の中は湊のことばかり。
ぐるぐるぐるぐる昨日のことを何度も何度も反芻していた。
仕事に集中しなきゃって思うのに、全然上手くいかない。


お昼休憩中。
桃ちゃんと一緒に会社のそばの公園でお昼を食べていた。
私がお弁当派になったら桃ちゃんもお弁当を持ってくるようになった。
外食する機会は減ったけど、一緒に食べれるのは嬉しい。

「……みひろ、今日おかしくない? 何かあった?」

不意にそう問われて顔を向ける。

「え、そうかな……?」

曖昧に笑って誤魔化そうとすると、思い切り溜息を吐かれた。

「言いたくないなら無理には訊けないけど……最近ずっと変だよ。何か悩んでるなら言ってよ」

桃ちゃんの綺麗な顔が心配そうに歪む。
ちくちくと胸が痛んだ。
全て吐き出してしまいたい衝動、心配している桃ちゃんに嘘を吐いているという罪悪感。
色んな感情がないまぜになって……私は大きく溜息を吐いた。

「あのね」
「うん?」
「……付き合うって、どういうことなのかな」

私がそう呟くと、桃ちゃんは驚いたように箸を動かす手を止めた。

「え、好きな人出来た?……あ、星野くんとか?」
「あー……えっと、」

そういえば星野くんのことをすっかり度忘れしていて、違うよ、と首を振って否定した。

「詳しくは言えないけど……会社の人ではなくて。たぶん好きになっちゃったんだ」
「ほうほう、それで?」
「昨日もデートはして……でも、なんていうか気持ちが読めなくて」
「んー……どんなデートかにもよるけど……全く脈がなさそうとか?」
「ううん、そうじゃなくて……その、」
「うん」
「……えっと、ちゃんと付き合ってないのにしちゃって」
「え!? みひろが?」
「ちょっ! 大きい声出さないで」
「あ、ごめん」

小声でごにょごにょと伝えたのに、声を張り上げられてめちゃくちゃ焦る。
桃ちゃんは軽く肩を竦めて、それで? と改めて促してきた。

「んー……何か、最初はいい感じだった気がするんだけど……その、してから少し冷たくなったっていうか……そっけない? ような気がして」
「何それ、もてあそばれたってこと?」
「うーん……それが読めなくて、悩んでる」
「ふぅん。とりあえずさ、その人のこと教えてよ。どこで知り合ったとか、どんな人とか」
「え、えーと……」

興味を持ったような桃ちゃんに内心焦る。
出会いのことは言えなくて、ちょっと知人の紹介と誤魔化した。
それから湊が年下であること、顔が山上くんに似ていることを伝える。
桃ちゃんはそこで顔を顰めた。

「山上くん似ってイケメンじゃん。そりゃモテるよー。諦めたら?」
「え! でも、」
「だってそれってあんたも顔で好きなんじゃないの? 星野くんとかの方が良いと思うけどなー」
「うーん……」

そんな風に言われるとは思っていなくて言葉を濁す。……と、桃ちゃんは少し厳しい表情になった。

「みひろが、面食いなのは知ってるよ? でも顔だけで選ぶのは良くないって。他にどこ好きなの?」
「どこって……優しいとこ?」
「はぁーそれ完全にダメなやつじゃん。イケメンにちょっと優しくされて浮かれてるだけだって。ちょっと遊ぶならイケメンの方が良いかもしれないけどさ、もう26だし、顔だけで選ばない方が良いよ。何の仕事してるかも分かんないんでしょ? きっとホストとかだよ」
「そうなのかな……」
「うん。顔以外にも本当にこれだ、ってのがあるなら顔が良いに越したことはないかもしれないけどさ。……正直みひろは顔で選びすぎ。後悔するよ」
「うーん……」

桃ちゃんの言うことは最もだと思う。
確かに私は湊のことを良く知らない。
それでもこの土日で前よりも色んな表情を知って、もっともっと知りたいって、もっと一緒に居たいって思ったんだ。……それは、恋じゃないのかな。

「まぁ、会ったこともない人のこと、あんまり悪く言うのもあれだし……良かったら今度紹介してよ」
「え、」
「みひろちょっと危なっかしいしさ。客観的に見たらどうかわかんないじゃん?」
「んー……じゃあ、機会があれば」

……そうは言ったものの、湊が桃ちゃんに会ってくれるとは思えなかった。
桃ちゃんが心配してくれるのはすごくよく分かる。
でも、湊への気持ちを否定されて、ちょっと傷ついている私がいた。



**
話して楽になったのか、午後はまだまともに仕事が出来た。
いつも通りに定時で終わらせて電車に乗る。
帰りはまたスーパーに寄ってマンションへと帰宅した。

湊は居なかった。
でも、20時ぐらいには帰るだろうと思って晩御飯を作る。
やっぱり予定通りの時間に湊は帰ってきた。

「ただいまみひろさん」
「お帰り湊。……お疲れさま」
「ん、みひろさんもお疲れ。今日もお弁当ありがと、おいしかったよ」

やっぱり湊はいつも通りだった。
そのままご飯を食べて別々にお風呂に入る。

「ごめん、今日は疲れてるから先寝るね」

お風呂から出るとそう言って湊はリビングを出ていく。

「うん、おやすみなさい」

引き止めていいのかも分からなくて、ただそれだけを告げた。
別に冷たくなったわけじゃない。
それなのにやっぱりどこか素っ気ないような気がする。

結局もやもやしたまま、私はその日も眠りについた。



< 40 / 61 >

この作品をシェア

pagetop