レンタル夫婦。
「――あのな。俺の会社でレンタル事業っていうのに最近力を入れてるんだが……これが好評で」
「レンタル事業?」

唐突に始まった話題の真意を掴みかねてただただ繰り返す。
伯父はそうだ、と頷いて続きを語り始めた。

「特に人だな。冠婚葬祭の代行人なんか一部ではめちゃくちゃ流行ってる」
「結婚式とかに代わりにいくやつ?」
「そう、それだ」

何となく聞いたことのあった話に適当に相槌を打ちながら、ご飯を口許へ運んでいく。

「それで、だ。近年レンタル彼氏&彼女っていうサービスを始めたらこれが大ヒットしてだな」
「レンタル彼氏? 何、それ……」

あまり良くない響きについついツッコミを入れると、伯父は食べる手を止めて私を見た。何となくつられて私もスプーンを置く。

「あー……なんだ。元々は例えば親がやってくるから一日だけ彼氏のふりをして欲しいだとか? そういう客層を意識して始めたサービスだったんだがな。実際、今の若者は彼氏や彼女が欲しくても出来ない、何となく長い事いない……っていうのが多いらしく。そういう層で流行ってる」
「え、好きじゃない人と恋人ごっこするってこと?」
「ごっこって……まぁ、分かりやすくいうなら出張版ホスト&キャバ嬢みたいなもんか?」
「同じじゃん……」

伯父の説明に何だかいかがわしいサービスを想像してしまってつい眉間に皺が寄る。
伯父は完全に持っていたフォークを置いて一口珈琲を飲んだ。

「実際な。仕事が忙しくて彼女どころではない。けど、癒しは欲しい。そういう男も多いわけよ」
「そうなの……?」
「ああ。別に恋人は欲しくないけど、デートはしたい女性ってのもいたりする」
「へぇ……」

何だか自分の知らない世界の話みたいで、イマイチ気持ちが乗らない。
そのせいで適当な相槌になってしまって、伯父は困ったように眉尻を下げた。

「おい、もう少し興味持っても良いだろ?」
「ん……あんまりないかなぁ?」

だって。
クリスマスだから彼氏作らなきゃ!だとか。
バレンタインだからいないと! っていうのは、大学ぐらいで卒業したし。

「おまえ、彼氏欲しいとか思わないのか?」
「んー……いなくても充実してるからなぁ」

だって。
“彼ら”は誰かしら毎日テレビに出てるし、コンサートやイベントも何かしらは月に1回くらいはあるし。

本当のことを言葉にすると、伯父はあからさまな程不満そうな表情を作り、大きく溜息を吐いた。

「はぁ……おまえ枯れてんなぁ」
「枯れてるって……失礼なんだけど」
「だってなぁ……恋愛したくない女なんているか?」
「ちょっと偏見だよ、それ」

絶対に恋愛しなきゃ! みたいなのは一部の考え方だって私は思う。
そりゃあ好きな人がいれば付き合いたいとは思うけど。

「恋してなくたって、趣味があれば充実してるよ?」
「はぁぁ……またジェニーズか……」

先程よりも更に大きなため息を吐かれてついムッとしてしまう。

「そうだよ? 悪い?」
「悪いわけじゃないけどな……もう少し現実をだなぁ……」
「あのね。さっきから、何なの? 説教するつもり? あ、お父さんに言われた? 私に結婚するよう助言してくれ、だとか」

苛々が止まらない。
私の人生。好きに生きて何が悪いの?

「枯れてるっていうけど。見た目とか気にしてるし! オシャレだって好きだし、」
「あーあー悪かったよ」

すっかり止まらなくなって文句が口から飛び出すと伯父は両腕をあげてお手上げ、のポーズをした。
それで私は口を噤む。少し言いすぎた自覚はあった。

「ごめん、熱くなって」
「いや、俺の言い方が悪かったよ」

こういう所はまだまだ子供っぽいな、と自覚する。
会社ではそんなことない筈なのに、身内の前だとどうにもダメみたいだ。

頭が冷静になると急に恥ずかしくなって、誤魔化すようにスプーンを持ち直した。食べかけだったドリアを掬って口へと運んでいく。

「あのな、みひろ」
「?」

スプーンを口につけたまま目線だけを上げる。
伯父は少しだけ困ったように笑った。

「話が脱線しちまったが……今度新しくレンタル夫婦、っていうサービスを始めるつもりなんだ」
「……レンタル夫婦?」

口の中の物を咀嚼し呑みこんで、改めて訊き返す。と、伯父はそうだ、と一つ頷いてみせた。

「まぁつまり、レンタル彼氏&彼女の同棲バージョン、だな」
「へぇ……?」

私は、伯父が何を言いたいのか、全く分からなかった。
そのサービスを始めるとして、何故わざわざ私に言う必要があるのだろう?
そう疑問に感じながらまたドリアを掬う。
――次の言葉なんて、予想しているはずもなくて。

「それでだ。おまえに、その第一号になってもらいたい」

「へぇ……、……え?!」

カシャンと、ドリアの器とスプーンがぶつかって音を上げる。
あまりに唐突すぎて、上手く事態を飲み込めない。

「だから、お前にレンタル旦那、を試して欲しいんだよ。良いだろ?」
「え、やだ……無理」

この人は何を言い出すんだろう?
そんな訳の分からない話をされて、うんと言うとでも思ったのだろうか。

「そう言わずに……なっ?」
「なっ、じゃなくて……」

いやいやいや。無理でしょ?

「悪くない話だからさぁ」
「待ってよ、だって……知らない人と生活するってことでしょ? 無理だよ」
「どうしても無理か?」
「うん」

出来るだけ即答した。大きく首を縦に振って、本当に無理だと示す。
伯父は残念そうにがっくり項垂れてみせる。

「そうかぁ……無理か……」
「うん、悪いけど……他、あたって?」

予想以上の落ち込みぶりに、僅かに罪悪感がこみ上げる。
それでも、良いと言う訳にはいかない。
そう思って伯父を見つめていると、伯父はポケットに手を入れて何やら取り出した。
パッと見、白い封筒の様だ。

「そうだよなぁ……無理、だよな。……もし引き受けてくれたら、ココにある霰のチケット、タダで譲ろうかと思ってたんだけどな……」
「霰のチケット?!」

聞こえた単語にガバっと伯父が置いた封筒を掴む。
慌てつつも丁寧に中を開けると、霰の十周年記念200名限定コンサートのチケットが入っていた。
しかも整理番号二ケタ! 12番!!
え、ちょっと待って、これ、オークションで十万以上で取引されてるやつ……

「ちょっとコネのある知り合いが居てよ。楽屋に挨拶も行けるぜ?」
「嘘! マジで!!!! 行きたい!!」

霰、というのはジェニーズの5人組大人気アイドルグループ。
デビュー曲『―ARARE―』が大ヒットし、国民的スターとなってしまった彼らのチケットは今じゃFCでも中々取れない。

整理番号二ケタなんて近年お目にかかれず……チケットを持つ手が緊張で震えだした。
……と、それを伯父がすっと取ってしまう。

「え! か」
返して、と言いそうになってそもそも私のではないのだと自覚した。

「行きたいかぁ。でも、いくら可愛い姪っ子の頼みとは言え……何もせず渡すわけにはいかないよなぁ」
「お願いします、譲ってください」

私は、ダメ元で両手をテーブルについて頭を下げた。
髪の先がテーブルにつく。ドリアに入らなくて良かった、なんてぼんやり考える。

「みひろ。俺からも頼みだ。俺の依頼を受けてくれないか」
「う……」

落ちてきた声に顔を上げる。
伯父の顔はそのものだった。
どこか切羽詰まったようにも見えるそれは、いかに本気かを表しているようだ。

「頼むよ」

目が合うと、困ったように瞳を細められる。
……ずるい。

「えっと……じゃあ、話だけでも聞こうかな……?」

私は最大限の譲歩をしたつもりでそう言った。
「そうか……! きいてくれるか!」

伯父が予想外にはしゃぐものだから、何となく複雑な気持ちになった。

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