恋は盲目というけれど【完】
「どうして葵の顔だけ見えなくなったんだろう……」

その日の夜、私は自分の部屋でそのことをずっと考えていた。あの後、葵はそうなんだとだけ言って何も聞いてはこなかった。顔が見えないから葵がどんな表情で言ったのかは分からないけれど、少し嬉しそうだった気がする。でも、自分の顔が見えなくなったと言われて嬉しいと思うなんて、そんなのおかしいから気のせいかもしれないけれど。

「写真も黒く塗りつぶされているとか、訳分かんない」

もしかしたら写真なら葵の顔が見えるかもしれない。そう思ってスマホの画像やアルバムの写真を見てみたのだけれども、全部葵の顔だけ黒く塗りつぶされていた。本人の顔も見えない、写真の顔も見えないなんて、私はもう葵の顔を見ることができなくなってしまうんだろうか。葵の顔、忘れてしまうんだろうか。声も曖昧にしか覚えていなかったのに、顔も分からなくなってしまったら……。

「これじゃあ私、葵のこと分からなくなっちゃうよ」

自分の口から零れた言葉なのに、妙に恐ろしく感じて私はベッドにもぐりこみ瞼を閉じた。目が覚めたら葵の顔が見えるようになってますように、そう願いながら。
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