私のエース
 家に戻ると継母が待っていた。
私は案内されて一階の和室に入った。


煎餅蒲団の上には薄べったくて、冷たいシートが敷いてあった。


「ドライアイスみたいなの」
継母は言った。


流石にベッドパットじゃみっともないだろうし、マットの上にも寝かせられないだろう。
何処やらで調達したであろうと、その寝具を見て思った。




 「どうして急に亡くなったの?」
私は肝心要の質問をした。
もし、心臓麻痺だったら、間違いなく私は殺人者なのだから……


「突然死。なんだって」


「えっ!? 突然死?」

てっきり心臓麻痺だと思っていた。
私のせいで死んだのだと思っていた。
でも違っていたみたい。
その突然死に心臓麻痺も含まれているかも知れないけど、私は胸を撫で下ろした。


(良かった。誰も気付いていない。助かった)
私はその場で黙りを決めることにした。




 「過労死じゃないのかだって、部下の方が言っていたわ」

過労死と聞いて思い出した。
何時も会社のために走り回っていた姿を。


「バカみたい」

私は思わず言っていた。


今から思うと、全て父が家族を顧みなかったせいなのだ。
私が父を心臓麻痺に追い込もうと考えたのだって、全て其処からきているのだと思った。
自分の犯した罪を正当化させようとしているだけだけど……


「そう言えばお父さん、会社のために身を粉にして働いていたからな」

私は保身のために話を合わせることにした。
ズルいって、自分自身が一番解っているけど……




 枕元に供えられた御膳の上には山盛りのご飯に箸が刺さっていた。


(そう言えば子供の頃、母に叱られたことがあったな)

父を死に追いやった苦し紛れか、何故かそんなことを思い出していた。


「有美ちゃんこのガーゼでお父さんの口に水を含ませてあげて。末期の水って言って、とても大切な行事なの」
継母はそう言いながら、茶碗に入れた水を渡した。


「会社の人が皆で手配りしてくれたから、葬儀は早く済むみたい。埋火葬許可証はさっき届いたの。通夜は明日。告別式は明後日だって」


「えっ!? そんなに早いの。そうだお母さん、私も喪服を着るの? 黒い服なんて持っていないわ」


「着なくてもいいんじゃないのかな? 有美ちゃんは高校生なんだから制服が一番だと思うな」


「あ、それなら買いに行かなくてもでいいのね」

継母はそっと頷いてくれた。




< 42 / 95 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop