私のエース
 有美は泣いていた。

でも俺にはどうすることも出来なかった。

千穂と百合子の前に名乗り出ることも、有美を抱き締めることも。


「出ようか?」
俺は言った。
でも有美は動こうとはしなかった。
イヤ……、出来なかったのだ。


有美は放心状態だった。

俺はそっと有美の横に移動して、体を支えて立ち上がろうとした。


探偵事務所を出た時にはしてなかったお化粧が、涙でボロボロだった。

有美は鏡を見ていた僅かな間にバッチリメイクをしていたのだった。


有美は有美なりに、二人には気付かれないように思っていたのだった。

俺は気付なかかった。
余りの早業だったために。




 「ねえどうして最初にいわきみずほを選んだの?」
千穂が一番聞きたい事を質問していた。

俺はその答を知りたくて、一旦上げた腰を又戻した。


「うーん、それはね」
百合子は暫く考えてから話出した。


「翔太のためかな?」


(翔太!? レギュラーを取った橋本翔太か!?)


「翔太をレギュラーにしたくてね」


(やっぱり……)
俺は意気消沈した。


「そっかー。磐城君を呼び戻すためにメールを打ったのか? 頭良いね」


「でしょ? 全く有美の親父さん良いタイミングで死んでくれたから」


「橋本君に何か言われたの?」


「ううん、別に……ただ磐城君がグランドに来なければ、とかね」


「だからキューピット様で《いわきみずほ》って書いたのか?」


「そうよ。男でも女でも良かったのよ」


「でも磐城君か死んだらイヤだから……」


「だからどっちかって聞いたのか?」


「女のみずほはともかく、磐城君は絶対に死なせたくないもの」


「でも一瞬躊躇ったわ。だってもしかしたら翔太が疑われたかも知れないのに……私ったらダメね」


「本当ね。でも良かった、誰も気付いていないみたいだからね」
千穂は笑っていた。


(そう言えばみずほは試合のことを気にしていた。本当はレギュラーになってほしくないらしいって感じたんだ。あれはこう言うことか?)

あの時はすでに脅されていたのかも知れないと今なら思える。
何も出来なかった俺の言い訳だけど……




 俺を陥れるためにキューピット様をやろうと持ち出した百合子。
それに乗ってみずほを死に追いやったクラスメート。


でもまだそれでは終わらない。
俺の全身を恐怖がまとわりついていた。



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