偽りの御曹司とマイペースな恋を
遠く、優しい思い出


「でもイツロ君きっと喜ぶから。楽しいと思うから。平気」
「……」

自分と居るだけでは彼は本当の意味で自由ではない。
心から楽しめない。

料理の話やお店の事を話している彼は何より幸せそうだから。

そこはもう勝てないって諦めている。

気持ちが全て自分だけのものではないのが寂しいけど。
仕方ない。十分大事にされているし適度にかまってもくれる。

それ以上は無いけど。

「また今度な。爺さんの家にはいつでも行ける」
「…そう?」
「俺はそれだけの人間じゃない。いや、今はまだそうなんだけど。
これからはそんな自分を変えたいんだ」
「イツロ君」
「お前に相応しい男にもなりたい。何時までも…ふ、……不能というのも…困るからな」
「ふ?」
「何でもない。よし。片付いた」
「じゃあ座ろ座ろ!」

瓜生の手を引いてソファに座ると何時も読んでいる漫画を見せる。
行き成りすべてを理解してほしいとは思わないけれどちょっとくらいは。
ということで最近ちょくちょく作品を読ませる。

主に彼の養父が原作の作品。

その方がなじみやすいかと思ったのだが。彼は何時もしかめっ面。

「何だこれ何時にもまして…眠くなるな」
「駄目寝ないで。もうちょっとだけ読んで。ここから盛り上がってくるから!」
「どうせ皆頭おかしくなって死ぬんだろ。分かってる。何時も同じだ」
「イツロ君。これから一緒にうちの会社建てなおしていくんだし少しは読んで」
「…わかった。じゃあ、もう少し読む」
「うん」

嫌そうにしながらもでも結局彼女がいいと言うまで読んでくれる。
中身が頭に入っているのかは分からないけれど。
それでもいい。触れてくれるだけで。

「歩」
「なに」

ふいに呼ばれて顔を彼に向ける。

「可愛いな」

何かご満悦でコッチを見ている瓜生。

「え…ええ!?なに!?何でいきなり!?読んだから頭おかしくなっちゃったの!?」
「おい。褒めたんだぞ。何でそうなる」
「イツロ君行き成りだもん。びっくりするんだよ。…ムードってものがあるんですよ」
「ムード?…雰囲気?」
「本読んでて行き成りこっち向いて可愛いな…とか言われてもピンとこないよ」
「じゃあどういうときに言えばいいんだ?」
「そだな。寝る前とか。こう。2人でぎゅーってしてる時に言われたらどきどきしそう」
「…褒めるときは全部寝る前がいいのか?変わってるな」
「もー」

何でわかってくれないかなぁ。歩はちょっと不満そうな顔。
瓜生はやはりまだわかってないようで何でそんな顔をするのか分からない様子。
ムードなんてそんなものを彼が理解しているとはさすがに歩も思わないけれど。
同棲中の彼氏としてちょっとくらいは分かっていてほしいと思う乙女心。

「わかった寝る前にまとめて言うから怒るな」
「怒ってない呆れただけ」
「……」
「ということで今日は一緒に寝ようね」
「ああ」
「なに?またじーーーーーーーって見てる」
「……」
「なになに?」
「……」

隣に座っている歩の顔をじっと見つめている瓜生。
その表情は怒ってもないし笑ってもない。いつもの無表情。
でも何をするんだろう。この人は行動が全く読めない。
沈黙が怖くて歩は恐る恐る声をかけようと口を開いた。


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