偽りの御曹司とマイペースな恋を


お母さんはまた来てねと言ってくれたけど。

「歩」
「イツロ君!」

気まずい思いを抱えて歩が家を出てすぐ。
瓜生の車を発見して近づいて助手席に座る。
父親とのことは話していない。電話を無視してしまった事も
もし聞かれたらなんて答えようか悩むところだ。

「久しぶりに帰ったんだし、もっと長居してもよかったんじゃないか」
「いいの。イツロ君が薄情にも居なかった時に何度も帰ったもん」
「そう、か」

今のところ追求される様子はない。けど、気にはしていそう。
イツロ君は意外に歩に関してはどんな変化も気にするタイプ。
ただ直接的にぶつかってこないというか、
深く歩に踏み込むのを恐れているのか、少しずつゆっくり。

もっと側に来てもっと深く話してもっと前に来ていいのに。

「ねえ、……イツロ君」
「ん」

車を走らせ自分たちのマンションへと帰る途中。
言わなくても良いことと思いながら。
結局歩は父親のことを少し彼に話してしまう。

「ごめんなさい。まだ、お父さんちゃんと許してくれなくて」
「いい。父親ってそういうものなんだろ。…それに」
「それに?」

瓜生は何か言いたそうにして、すぐに言葉を飲み込んだ。
歩はどうしたの?と更に聞こうとするが、
何でもないと言って結局最後までいうことはなかった。

「ちょっと寄り道でもするか」
「めずらしい。あ。わかった。園芸用品の買い足しだ」
「それはお前が不満そうな顔をするから一人で行く」
「だって!あのお店の女の人絶対イツロ君狙ってるもん!」
「狙ってない」
「狙ってるよ!イツロ君ちょーーー鈍感だもん」
「……60近いオバサンだぞ」
「恋に歳は関係ないのです」
「俺は嫌だ」

重たくなってしまった空気をかえようとしてくれたのか
瓜生が歩の好きな場所へ連れて行ってくれるという。
すぐにはピンとこなくて、繁華街にでて適当に店を巡る。

最後に行き着いたのは歩の好きなグッズが置いてあるところ。

「頭から釘が出てる。顔色も青いし」
「でも小さいよ?釘ヘッドキーホルダー可愛いね」
「俺は可愛くないと思う。寧ろ気持ち悪い」
「…可愛いもん」
「いや。気持ち悪い。これだけには自信がある」

女が持つようなグッズならもっと可愛い物を買えばいいのに。
歩は何時もオドロオドロしい気持ち悪いグロいものばっかり選ぶ。
瓜生は不満そうな顔をして店内を見て回る。

が、何処も似たようなもの。

「あ。そうだ。ねね、うちの小説の人気キャラをこういうグッズで売るの」

はしゃぐ歩は可愛いのに、持っているものが血走った目玉とか悪趣味すぎる。

「人気キャラってあれだろ。変な魚みたいな顔とか
胸が幾つもあるとかタコとかイカとか」
「絶対売れると思うんだけどな」
「俺は買わない」
「イツロ君。うちの会社を一緒に建てなおしてくれるんだよね?」
「もういっそテーマ軸を転換すべきじゃないか」
「貴方とは根本的に会話が出来ないわ!」

バカにしないでと怒る歩。納得はしていない様子で渋々謝る瓜生。
お店を出る頃には歩のカバンにあの気持ち悪いキーホルダーがあった。
勝利者は歩だったらしい。

「歩。……俺、……もう一度、お前の家に行って挨拶したい」
「え?……で、でも」

別れたほうがいいとまで言われたとは彼にいってない。
そんな父と瓜生が顔を合わせたらまた別れろと言うに決まってる。
はっきりと印籠を渡されるくらいならまだ曖昧に処理できる今のままでいいのでは?

どちらにもハッキリと返事を出せないでいる歩は逃げ道として思っていた。

けど、瓜生はそれをよしとはしないらしい。

あれこれ話している間に部屋へ到着。

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