[短篇集]きみが忘れたむらさきへ。


何も話すことはなく、触れ合った部分がじわりと熱を持つ。


衣服という境目に遮られた温もりを、肌で感じたいと思う反面、今日はこのままでいいという気もした。


彼も、同じなのだろう。

さっきから気紛れに私の手首を掴んで、爪先に口付けをしている。


彼の、癖とでも云うべきだろうか。

肌に触れる事を彼はあまり好まない。


「………なんで」


「…ん?」


なんで、爪なんだろう。


彼の唇に触れるのが、指先であったらいいのに。


もっと云えば、唇同士を触れ合わせたい。

触れ合うだけじゃ足りなくなって、お互いに潜り込むような、そんなキスがしたい。


< 15 / 112 >

この作品をシェア

pagetop