[短篇集]きみが忘れたむらさきへ。
何も話すことはなく、触れ合った部分がじわりと熱を持つ。
衣服という境目に遮られた温もりを、肌で感じたいと思う反面、今日はこのままでいいという気もした。
彼も、同じなのだろう。
さっきから気紛れに私の手首を掴んで、爪先に口付けをしている。
彼の、癖とでも云うべきだろうか。
肌に触れる事を彼はあまり好まない。
「………なんで」
「…ん?」
なんで、爪なんだろう。
彼の唇に触れるのが、指先であったらいいのに。
もっと云えば、唇同士を触れ合わせたい。
触れ合うだけじゃ足りなくなって、お互いに潜り込むような、そんなキスがしたい。