[短篇集]きみが忘れたむらさきへ。


あの人の何が好きなのかは上手く言えないのに、あの人の嫌いな部分はぽんぽんと出てくる。


出会いさえあれば、あの人でない人と共に生きていく日々を手に入れていたかもしれない。


例えばあの人が言っていたように、不慮の事故が起きたとしても、わたしは泣いて喚いて、あの人を想いながら生きていく。

そんな中で、別の誰かを、あの人以上に愛するかもしれない。


確かなものが何もないから不安になるんじゃない。

確かなものを作ろうと思わなかったから、曖昧だったものが形になることに、困惑しているだけだ。それを、不安と呼んでしまうだけ。


あの人が言葉で何かを肯定する人でないことは知っていたはずなのに、気持ちだけじゃ乗り越えていけないよ、とそんな意味を込めた問いを濁されたことが悲しかった。

追い討ちをかけるように、あんな冗談でも言って欲しくないことを口にされたから、耐え切れなかった。


あの人の気持ちがわからない。


言葉にしなくてもわかることだってある。

言葉にされないから不安になることもある。


なにも、言葉は万能だとか、わたしを安心させる言葉が欲しいだけだとか、そんなのじゃないけど。

言いたくないことを頑なに隠し続けていたわたしと、あの人を責めたくなる日がくるなんて、思わなかった。



【沈没飛行】
―沈んでしまえば、わたし達は
飛び立ったその意味さえ
失くしてしまいそうで―


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