生チョコレートの魔法が解ける前に
 その大輝の背中が遠ざかるにつれて、胸がキリキリと痛み出した。

 やだな。

 別に大輝が池田さんにチョコレートをもらおうが、池田さんとどうにかなろうが、私に関係ないじゃない。

 そう自分に言い聞かせたが、池田さんと大輝が講義室を出て行ったとたん、鼻の奥がつーんと痛くなった。

 もう。昨日『俺、おまえの義理チョコなんかいらねーからな』って大輝に牽制されて、そんなに私からチョコレートをほしくないのかとさんざん泣いたのに。まだ泣きたくなるなんて、どれだけ未練たっぷりなのか。

 私はトートバッグを肩に掛けて立ち上がった。中には大輝にあげようと思って買った焼酎入りの生チョコレートが入ってる。

 同じ大学で同じ学部、一回生の最初の講義で隣の席になった大輝と私は……いわばケンカ友達だ。いつもなんでも言いたい放題。この三年、ずっとそんな関係だ。前髪を切りすぎたときなんて、『おまえは一昔前の小学生か』なんてバカにされたし。

 でも、そんな憎まれ口を叩くくせに、ときどきやさしいから困るのだ。

 二ヵ月前、ひとり暮らしの私が熱を出して講義を休んだとき、『講義に来てないしメッセージ送ったのに返事もないし、なにかあったのかって心配したんだぞ』って、部屋に訪ねてきてくれた。『熱が出たときくらい俺を頼れよな』って言って雑炊を作ってくれたときには、普段と違う大輝のやさしさがどうしようもなく胸に染みて、泣いてしまいそうになった。
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