smorking beauty
煙からの誘惑に抗えないらしい日村は隣へ腰かけると同時に、コートの上からスーツのポケット辺りを探りだす。

日村は「あれ?」と怪訝な声を出しコートのチャックを外した。それでも日村の煙草は見つからないようで、しまいにはスーツ中のポケットに手を突っ込みはじめた。

イライラしはじめた日村の姿が妙におかしくて、綾香は笑いながら「どーぞ」と手元の煙草とライターを差し出す。

日村はうっすらとはにかむような笑顔をのぞかせ「いただきます」と律儀に頭を下げた。

この後輩が時折みせる、大きな体躯に不似合いなほどの人懐っこい笑み。

いつもは飄々とした日村のそんなレアな表情を見るたび、綾香の心のどこかがむずがゆくなる。そのことに気づいたのは、つい最近のことだ。


「課長のお供だったんだって?」

日村は煙草をくわえたまま、綾香の問いに軽く頷いた。

「だいぶ営業職もサマになってきたじゃない」

ふたりは元々、同じ設計課の先輩と後輩だった。

日村が入社したとき指導にあたったのが綾香で、二年半もの間、彼は親鳥の後ろを歩くひな鳥よろしく綾香の背中にくっついて育った。

それも昨年の秋の人事異動で、彼は営業課へ引き抜かれるまでの話ではあったが。

営業部の課長は日村のことを高く評価しているらしい。

課長からの厳しい叱責にもめげることなく頑張る日村の噂は、ちょくちょく綾香の耳にも入ってきていた。だからこそ今回の出張も、課長の補佐に抜擢されたのだろう。

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