それは、小さな街の小さな恋。


右手に持っていた箸がころりと転げ落ちる。


え、今なんて言ったの。

もしかして、私の聞き間違えかな。そうだよね。


だって今、『結婚』って。


「俊ちゃん、今なんて言ったの?」

「だから、結婚。」

「…なんで?」


意味がわからない。なんでそんなこと、言い出したの。


「お互い悪くないだろ?よく夫婦みたいだって揶揄されることも多いし。俺たち、結婚しても上手くやって行けると思んだよな。」



それって、実家を継がずうちの診療所を継ぐため?


そのために、妹としか、子分としか思ってない私と結婚する気なの。


「かの?おい、どうした?」


気づいたときには、頰には涙が伝っていた。
堰を切ったように流れる涙は、自分の意思とは無関係に止まりそうにない。


普通だったら、冗談でしょう?て笑うところ。

冗談でも軽々しく言うなって怒るところだ。

なのに、なんで私は今泣いてるの。

なんで、こんなに苦しいの、悲しいの。


「悪かったって。もうこんな冗談言わないから。」


そう言って俊ちゃんは私を慰めたが、流れ出した涙は止まらなかった。

< 119 / 153 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop