唇トラップ
頭、痛い。涙
今の状況で、私からエリーに誰かを紹介出来るわけないし。かと言って彼女たちが羨望を抱くのは無理ないし。
『あの、応援に来ていただけるのは本当に有難いと思うんですが、』
「ていうか八坂さんもいるのよね?!挨拶だけでもしたいかも!」
ワァッ、と。
更に湧いた女子たちの声の中で、一人コメカミを押さえた。
牧さんが、試合当日の観戦は受け付けると散々豪語しておきながら。
その代わり練習には一切来てくれるなと御触れ書きしていた理由がようやく分かった。
この女子たちの黄色い発熱。
手に負えない・・・!
練習にまでこの勢いで来られたら、集中出来るものも出来ないわっ!汗
『・・・!はいっ、秘書課藤澤です。』
勢いを増す女子談義から逃げるように、鳴った電話に飛び付いた。
「お疲れ。」
柔らかい声から、あの笑顔が見えるよう。
素直な心音が、一段上がる。
『エリー!お疲れさま!』
「忙しいとこごめん。今、いい?」
思わず隣を振り返った。タイムリーに、エリーなんて呼んでしまったけれど。
話題の中心はすっかり八坂さんのようで、先輩方はこの電話相手に気付いていない。
それでも気持ち、声を潜める。
高鳴ろうとする心も、落ち着けるつもりで。
『大丈夫だよ。どうしたの?』
「先週の会議で、牧さんが指示した入力ファイル。壊れてるみたいで、シートが連動しないんだ。」
『えっ、本当?ごめんね、見てみる。』
「いやいや、こっちこそ。直せるかなと思って弄ったんだけど、全然分かんなくて。全壊させる前にやめた。笑」
エリーの謙遜はいつも嫌味がない。
感じが良くて、そのうえ人をクスリとさせるような。
『入力締切、今日だったよね。すぐ直すから、終わったら連絡するね。』
「助かる。ありがとう。」
話しながら、確認する該当ファイル。
紐付けした関数が壊れているようで、計算された数値も狂っていた。
エルメスのクリッパーが指し示す、16:00。
急がなきゃ。
「入れてないの俺だけだったし、俺も今日は在社だから。そんな急がなくていいよ。__________じゃあよろし、」
『あっ、ちょ、ちょっと待って!』
思わず、あっさり切れそうになる電話を引き止めてしまって。
「ん?」
『あ・・・いや、えっと。』
用もないのに、ほんの少しの名残惜しさで引き止めてしまったなんて。
「藤澤?どうした?」
自分の愚かさに、頬が火照る。
『ごめ・・・ん、何でもない。』
「何?大丈夫?」
『うん・・・、ごめんね、本当に大丈夫。なんか・・・。』
「なんか?」
『切れるって思ったら、思わず引き止めてしまった・・・。汗』