絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅴ
 27、28、29、30、31……。ここからが勝負だ。

 大晦日が差し迫る最後の数日。カレンダー通りの生活とはいかない宮下は、溜息を吐いて、前を向いた。

 今日中にしておかなければいけないことは、数週間前から決まっている。

 昨日から溜まっている仕事も、しれている。

 大丈夫、予定通りに年末を越えて、年始を迎えられそうだ。

 業界有数といわれる家電量販店、ホームエレクトロニクスの本社営業部長として勤務する宮下は、始業時間10分前を確認してふっと溜息をついた。店舗は年中無休の上に、年末年始の売り出しがあるため、本社も常に稼働している。今年の休日はとりあえず28日が最後で、その後は仕事が続き、4日に一度休む予定だ。

 とにかく、定時で帰ることが最大の目標であり、そのための準備は早いうちから算段されている。

 残業をしたからといって、妻や子供に嫌な顔をされるようなことはないが、なるべく早く帰ってやりたいといつも考えている。

「あれ? 香月さん遅いなあ。後5分で遅刻ですよ」

 こんな時にと、イラッときて、その後一瞬不安になる。

 まさか……いや、最近の香月はもう腐ってはいない。

「……まだ5分ある」

 義父にもらった年季が入ったロレックスを確認しながらそう言ってはみたものの、一度携帯に電話しておこう。

 しかし、繋がらない。

 運転中で出ないのか、はたまた事故にでも巻き込まれたか……。一気に不安が募る。おかしいな、最近は良い感じだったのに……。

 手首をもう一度見た。8時27分。

 しかし、あまり香月ばかりに構っている暇はない。来ないなら来ないで、仕事を振り分けなければいけない。

 いつの忙しい時も、病欠者はいる。どうしようもない時も人間にはあるものだ。

「宮下部長! 電話です。内線5番」

「はい」

 何も考えずに受話器に手を置く。

「香月さんと名乗られる方です。あの香月さんじゃなくて、男性のようですが」

「え? 男性?」

 怖いくらいに顔が歪み、慌てて元に戻した。

「あの……いつもお世話になっておりますって。身内の方ですかね。調子悪いのかも」

 いや、香月の周りには常に男がいるもんだ。

 そういう星の元に産まれてきた美女だから、それくらいで今更動揺してはいけない。

「まあ、出てみる……はい、もしもし宮下です」

『いつも妹がお世話になっております。香月愛の兄です』

 いらぬ覚悟をしたせいで、予告通りの身内が出たことに逆に動揺してしまう。

「あ、はあ……こちらこそ……」

『実は、妹ですがしばらく出社できるような状態ではなくて、そのお電話を差し上げた次第です……』

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