スローシンクロ 〜恋するカメラ女子〜
「個展楽しみにしてますね。期間中にまた取材に伺いますので」


頭を下げながら、取材を終えた記者の方は帰っていった。

事務所の扉が閉まるまで見送って
二人でふっと息を吐く。


「おい、お前終電……」

「春木さん」


春木さんは時計から私に視線を移す。


「私、春木さんの下で働けて幸せです」

「は?」


私はまだ放心状態だった。
インタビューで知った春木さんの写真に向き合う姿勢に、頭の奥が痺れるほど感動していた。


「うまく言えないんですけど、今心の底からそう思ってます。ホントです」

「単純な奴だな。この間は食ってかかってきたくせに」


春木さんはむにっと私の右頬をつねった。


「ふは。すげぇマヌケ面」

「い、痛いれす……!」


突然の攻撃に抵抗できずにいると
春木さんの顔から笑みが消えた。

私の頬をつねる指の力も少しだけ弱まる。



「……俺さ。あんたにこの前ああやって言われて、目が覚めたようなとこあったんだ」

「え?」

「自分でも薄々気付いてた。面白くねー写真だなって」



『全然ワクワクしない』。
春木さんの写真に対して、私が浴びせてしまった言葉だ。


「いつもはトロいアシスタントのくせに、妙に鋭いところがどうしようもなくムカつく。」


春木さんはそう言った。
ほんの一匙だけ、悲しみを含んだような笑顔で。



「ワクワクしないなんて、もう二度と言わせねーよ。」




春木さんはやっぱり憧れの人で
一番近くにいながら、一番遠い人だ。


私はただのアシスタントで
それ以上でも以下でもないから
せめて隣で、同じ夢を見ていたい。


春木さんが
心の中で誰を想っていたとしても。
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