パドックで会いましょう
そのカップルの向こうに視線を移した時、割とあっけなくねえさんの姿を見つけた。

……いた!!

僕は慌てて階段を駆け降りて、ねえさんのそばを目指した。

ねえさんはうつむき加減で、いつになくぼんやりしている。


そう言えばねえさんはいつも、レース前になるとパドックにいる。

開催日なら馬を見るためにいるのだろうけど、開催日でない日でも、必ずここにいるから不思議だ。


「おはようございます。」

僕が声を掛けると、ねえさんはゆっくりと顔を上げた。

「アンチャン…おはよう、久しぶりやな。」

「久しぶりですね。しばらく顔見なかったから心配してたんですよ。」

「そうか、ごめんな。ちょっといろいろ忙しくてな…。」

ねえさんの横顔に疲れが見える。

どうしてそんなに忙しかったのか、聞こうと思ったけどやめておいた。

なんとなく、聞ける雰囲気じゃなかった。

「ちょっと疲れてます?」

「ああ、うん。そうかも知れん。」

「コーヒーでも飲みますか?」

僕がバッグから取り出したコーヒーを差し出すと、ねえさんは僕の方を見て笑った。

「ありがとう。」

ねえさんはコーヒーを受け取り、ペットボトルのキャップを開けて一口飲んだ。

「優しいなあ、アンチャンは。」

優しいなあ、って…。

たいした事はしていないけど、ねえさんにそう言われるとなんだか素直に嬉しい。


できればもっと、優しくしたいんだけどな。





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