可愛い弟の為に
「妻がいきなり失礼しました」

本当に桃ちゃん、いきなりやってくれるよ。
よく行くレストランの個室で僕は深々と頭を下げた相手はハルちゃん。
会いたかった思いが爆発していきなりハルちゃんに抱きついたらしい。
ハルちゃんはいえいえ、と苦笑いしていたけど、桃ちゃんの行動は初対面の人には怖すぎ。

3人はさすが同い年、色々な話で盛り上がっていた。
うん、これなら安心だ。
万が一、僕がいなくなっても。
桃ちゃんを支えてくれる人はいる。

10歳も年齢が離れると色々と考える事がある。
確か、K-Racingの真由ちゃんもそうだ。
旦那さんが10歳年上、偶然にも僕と同い年で、昨年、ALSが原因で亡くなった。
発症してからあっという間だったと聞く。
ただ、真由ちゃんには子供もいて、たくさんの仲間がいて、気丈にしている。

桃ちゃんは…。
僕がいなくなると子供もいない、仲間もそれほどいない。

けれど、透やハルちゃん。
そしていずれ二人の間に生まれてくるであろう、その子供たちがもし僕がいなくなったら少しは桃ちゃんの事、気にしてくれるかな。
そうして貰えたら有難い。

「兄さん?」

僕は我に返った。
透が心配そうに顔を見つめている。

「あ、ごめん」

僕は咳払いをする。

「それよりも、透、父さんが僕に探りを入れてくるよ」

父さんは透があんなことを言ったおかげでそれ以降、毎日僕のところに来ては

『透の相手を知っているか?』

と聞く。

「…直接僕に聞けば良いのにね」

お、透が不機嫌モードに入った。

「父さんに何か言う事があれば言っておくけど」

透は腕組みをして下を向いた。
ハルちゃんも心配そうに透を見つめている。
桃ちゃんは僕の隣でわくわくしながら透の言葉を待っている。

「…じゃあ、【邪魔するならどうなるかわかってるよね?】って言っといて」

挑発的だな。
僕にはよくわかる言葉だよ。
けどね。

「それでわかるかなあ」

案外図太い両親である。
どうなるのかわかっていない可能性が高い。

「わからなければ小児科が数年前の危機的状況に陥るって言って」

そうそう、それを言わないと理解しないよ、あの親。

「いつでも出ていく覚悟はあるから。
ただ…」

透がギュッと目を閉じた。

「僕が担当している子達の事を思うと胸が痛い。
前の病院を辞める時も身が引き裂かれそうな感じがした」

そうだね、僕はそういう経験がまだないけれど、きっとそうなんだろうね。
…いや、来年の春にはそういう事になるか。

「…まあ、こちらも打てる手は打っておくよ。
桃ちゃん、明日、一緒に実家に行ってくれる?」

桃ちゃんを見ると本当に嬉しそうにニコニコしているよ。

「イェッサー!!!」

敬礼までしてくれた。
ありがとう、明日実家に行くには心強い味方だ。



さて、明日は本気でやるか。
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