窓ぎわ橙の見える席で


しばらく無言が続き、私はぼんやりと窓の外の景色を眺めながら本宮さんのことを考えていた。


そうだ。いくらなんでもムシがいい。
フレンチレストランは魅力的だし、そのオーナーが私を必要としてくれているのはありがたいし嬉しい。自分のやりたいことをやれるのは幸せなことだ。
だけど、そっちに誘われたからホイホイ行くようでは、社会人としてどうかと思うのだ。


私はトキ食堂に雇ってもらえて、ホテルのレストランで働いていた頃に感じていたお客様との遠い距離を今の職場ではあまり感じなくなった。
ダイレクトにお客様の「美味しい!」という感想を聞くことが出来るからだ。
それだけで十分だったはずなのだ。


それなのにまたさらに高望みするなんて、死んだおばあちゃんが聞いたらなんて言うだろう………………。


「宮間さんのおばあちゃんが今の状況を聞いたら、なんて言うだろうね」

「━━━━━え?」


不意につぶやいた辺見くんが私と全く同じことを考えていた事実に驚く。
考え込んでいたからか、いつの間にか家の前に車が到着していたらしい。
シートベルトを外そうとしたら、彼の手が伸びてきて私の手に重なった。


「宮間さんがさっき言ってた言葉の意味を咀嚼して考えたんだけど、答えが出なくてね」

「私…………変な事言った?」

「うん、少し」


シートベルトから手を離して、私は「なんだっけ?」と首をかしげて見せた。


「トキ食堂の人たちに悪いから、って。僕はそうは思わないんだよね。宮間さんが本格的なフランス料理を作りたいからお店を辞めたいって言っても、彼らは喜びはしたとしても怒りはしないと思うんだ」

「………………そうかな。裏切り行為みたいで嫌じゃない?」

「そんなことないよ。そんな風に思う人たちじゃないのは、宮間さんが一番よく分かってると思うけど」


辺見くんってこう見えてほんっとーに他人のことをよく見ている……気がする。
生物が好きな人って人間観察も好きなのかしら。
なんにせよ、色々と私よりもあらゆるものを理解しているような雰囲気を出してくる。
ということは、私のことも私より知ってるってこと?

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