痛いくらいのキスをして

02.夢の足跡

小さなアパートの一室に帰宅すると、ほっとするはずなのに居た堪れない気持ちになるのは何故だろう。

携帯電話のアラームが午前7時を知らせてる。
自分の身体を守る為にピルを毎日飲むようになってから、3年。

私の年齢は27歳になっていた。

風俗嬢として身体がもつのはあと何年なんだろう。

帰ってきたばかりだというのに、私は再びピンヒールを引っ掛けてアパートの外に出た。

駅前のコンビニで朝ごはんを買おうと道を歩いていたら、出勤途中のサラリーマンや高校生とすれ違う。

まるで自分だけ世界から逆光しているんじゃないかっていう錯覚を感じながら歩いていたら、駅前のロータリーから聞いた事の無い歌声が聞こえてきた。

男性の、声だった。

見たらギターを片手に駅前で若い男性が歌を歌っていた。

周りには少人数だが人が集まっている。

バラードだろうか。

ストリートミュージシャンならば、どうしてこんな朝早くに歌うんだろう。

普通は夜にするもんじゃないの?

吸い寄せられるように、人だかりの少し離れた場所から歌声を聞いた。



『満たされぬ想い
自分だけが苦しいともがく日々

どうしようもない願い
いつまでも君を痛めて

空をみあげてごらんよ
僕はここにいるから

悲しい時、僕は君を照らす光になる』


優しい歌声。
なぜだろう
どうしようもなく
引きつけられた。



歌い終わったあと、彼は深々と頭を下げていた。

茶髪に黒縁メガネの、小柄な男の子。
もしかしたら身長は、私と同じくらいかもしれない。

彼はギターをケースにしまって立ち上がった。
その瞬間、私と目があった。

どきり、とした。

どうしよう、ついつい見つめすぎてしまった。

目線を逸らして立ち去ろうとした時、彼がギターを置いて私の元へと駆け寄ってきた。



「どうしたの?」

初対面の彼が、私を至近距離で見据えた。

「え……?」

心配そうに彼の瞳は真っ直ぐに私を捉える。

「泣いてるから」


彼に言われて、初めて気づいた。

私、泣いてたんだ。

いつから泣いてたのかも分からない。

風俗嬢として働いて、どんなに辛くても泣いたりなんかしないのに。

「聴いてくれてありがとう。もし良かったら明日、コンサートがあるんだけど来る?」

彼がカバンから出した一枚の招待状。

それは、画用紙に手書きの可愛い招待状だった。

「……行く」



電気が走ったように彼の歌が好きになった。




出口の見えない暗い迷路に閉じ込めらていた。
そこに一瞬だけ光が見えた。

緩やかな風の中で

きみに出会えた事

それが私のすべての始まり。








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