ゆえん

カフェオレを少し飲んだ後、バッグからタバコを取り出して火を点けようとした理紗に、斜め前に座っていた中年の女性が口を開いた。


「お嬢さん、ここ禁煙だから、吸うんならあっちの喫煙コーナーに行って頂戴ね」


自然な笑みで嫌味を感じさせないこの女性は、『You‐en』の常連さんで駅前のおもちゃ屋さんの奥さんだ。

口元だけの笑顔で、理紗は頭を下げる。

その表情を見て、冬真は沙世子でないことをはっきりと認識する。

沙世子はあんな微笑み方はしない。

冬真の頭の中に、出逢った頃の沙世子のぎこちない笑顔が思い出されていた。

沙世子は行動的で、大人びた雰囲気のある美人だった。

端正な顔立ちで、芯が強く、周りへの気配りも上手だ。

ただ出逢った頃の沙世子は、冬真を意識するあまりか、彼の前でだけはぎこちなく笑う。

それでも明るく振舞おうとしているのが冬真にはよくわかった。

それが可愛かった。


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