ニコル
 パトカーの後部座席に真生と山口は腰掛けた。
 ―――悪い事するとお巡りさんに捕まっちゃうよ。
 真生は母親の言葉を思い出していた。だから、真生は何も悪い事をしていないのだけど、何となく緊張していた。真生の緊張は、山口にも十分すぎるほど伝わっていた。その事が、山口にとっては少し微笑ましく思えた。
 「そんなに・・・。」
 山口がそう声をかけると、真生の緊張は一気に車内に響いた。
 「ひっ。」
 その声を聞いて、山口は大笑いした。
 「そんなに緊張することないんだよ。」
 真生の顔は真っ赤になった。
 「真生ちゃんだっけ?君は本当に良い子だなぁ。」
 感慨深げに山口が言った。そんな山口の表情に気を許したのか、真生はぼそっと何かを話した。
 「・・・です。」
 「なんだい?」
 山口の表情を見てから、今度は山口に聞こえるように話した。
 「そんな事ないです。」
 「そんな事ないです。」
 「そんな事ないです。」
 まだ、完全に緊張がほぐれた訳ではないのか、何度も同じ事を話してしまった。
何度も同じ言葉を口に出しているうちに、自分が保健室から飛び出してきたことを思い出しはじめていた。そして、その記憶が鮮明になればなるほど、真生はさっきの恐怖を思い出し、それを懸命に振り払おうと何度も何度も同じ言葉を繰り返した。

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