さよならは言わない
森田さんは領収書を尊のデスクの上へと置いた。
それを見ると尊は胸ポケットから自分の財布を取り出した。そして、領収書の金額の札を出して森田さんへ渡そうとした。
すると、森田さんは個人の財布からお金が出ていることに受け取ろうとしなかった。
「彼女は派遣社員だ。会社からはお金は出ない。君にも支払い義務はないから受け取ってくれ」
「専務、あなたには支払い義務があるのですか?」
「そのようだ」
尊はお金を直接森田さんの手に握らせると専務室から出ていった。
尊は人事部へ行くと派遣社員の名簿を要求していた。
人事部長は突然の専務の訪問に驚きながら慌てて名簿を取りだし尊に渡した。
尊はその場で立ったまま名簿を確認していた。
急ぎ情報が欲しいと言わんばかりの行動に見えた人事部の社員達の注目を浴びていた。
「ここをコピー取ってくれ」
「ですが、個人情報は、」
「構わん! 責任は私が取る!」
荒々しい態度の尊に怯えるようにする人事部長は手を震わせながら急ぎコピーを取った。
名簿の写しを手に入れた尊は再び専務室へと戻った。
そこには森田さんの姿はなかったが、デスクの上には診察代として渡したお金が置かれていた。
「どこまで俺の心を惑わせたらいいんだ。あんな女になど振り回されることはないのに。忘れられないなんて」
名簿を見て一度は握りつぶすが、それを丁寧に広げクシャクシャになった用紙のシワを伸ばした。
椅子に座ると目の前に置かれた診察代と名簿を見て頭を抱え込んでしまった。
その日の午後の仕事は手につかず尊は帰宅してしまった。
まともな食事もせずに風呂に入るとベッドに横になっていた。
すると、携帯電話の着信音が鳴り響く。
画面を確認すると相手は営業一課の江島さんだった。
「こいつともそろそろ終わりだな」
そう言うと着信拒否をした。