あと5センチで落ちる恋


女の噂は怖い。


「中野先輩聞きましたよ!羨ましいですー!」


出張を告げられたその日の夕方には、色んな人から同じようなことを何回も言われた。
どれも羨ましいだの帰ったら話聞かせてくださいだの、課長の人気ぶりが伺える内容ばかりだ。


「もしかして中野さんも課長のこと狙ってたりしますー?」

上目使いでそう聞いてくるのは同じ課の後輩だ。

「まさか…。あのね、こっちは初めての出張ってだけでいっぱいいっぱいなんだから。そんな余計なこと考えてられないって」

「ええ?嬉しくないんですかあ?水瀬課長と2人っきりですよ?」

「私は、別に狙ってもないしタイプでもないから。むしろ怖いから一緒に行くの不安なぐらい」


これは紛れもなく本心だ。
ただ、みんなから一目置かれる仕事ぶりを間近で見られるのは少しラッキーなのかもしれないとは思う。


「そうですかー安心しました!でも中野先輩なら、きっと出張上手くいきますよ!だってうちの課で一番仕事出来ますもん」

「…ありがと」


曖昧に微笑んでフロアを出た。
後輩にあんな風に言われるのは悪い気はしない。ただ、この1ヶ月水瀬課長と同じ環境で仕事してきてその凄さに圧倒されてきた身としては、満足は出来ない。

(私に出来るだけの準備はしておこう)

私はその足で営業課へと向かった。


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