絶対、また彼を好きにはならない。


電気がついて明るくなると、目がちかちかした。
ぎゅっと目をつぶってまた目を開くと、目が慣れて拓未にピントが合う。

「お誕生日おめでとう、咲耶」
拓未はテーブルの反対側に座って、こう言った。
「あ…」
あまりの出来事に言葉が出ない。
「…ありがとう」
唯一言葉に出るのはこれだけだった。
うん、と拓未が頷き、ケーキを見つめる。

「…咲耶?」
黙っていた私を心配におもったのか、片方のまゆを少し上げて拓未が私の顔をのぞき込んだ。

「…え?あ、何でもない」
なんとなく、頬が赤くなるのが分かる。

「…俺がここにいること、怒ってる…よね?ごめん」
拓未が頭を下げる。
誠心誠意なんて…そんなものが伝わってくるのは、もしかしたら拓未の力量なのかも、と思う。

「今日、咲耶がなんか……辛そうだったから」
拓未が真剣な顔でいう。
「いや…」
その後の言葉が続かない。
拓未が本気で心配してくれることが、なんだか不思議だった。

「だから甘いものでも食べて元気出したらどうかなって。せっかくの誕生日だし」
彼の言葉に今更驚く。
「今日……誕生日って、なんで…」
「忘れるわけないじゃん。」
拓未がまた無邪気に笑う。

胸がどきんとする。
鼓動が自分の中に響く。

「俺が記念日とか忘れてると、咲耶分かりやすく不機嫌になってたもんね、昔」

拓未が懐かしそうに目を細める。

「うん…だって、拓未そういうの疎かったんだもん」
そう言って、私も笑う。

なんだか、不思議だった。
今日1日のことが、すぐに彼に溶かされてしまう。

「ふふっ…… ってか咲耶誕生日祝ってくれる人、俺以外にいないの?」
彼がケーキを切りながらいたずらっぽく笑う。

「…今年はたまたまいないだけです」
「ほんとー?」

なんだかいきなり安心して、心が軽くなる。
仕事から帰ってから買ってきてくれたのか、ちいさなちいさな、それでもちゃんと、私の好きなホールの苺のショートケーキ。

「あれ…? 上手く切れない」
彼の独り言に、私がつけたす。
「拓未が不器用なのも、昔と変わらないね」
私は笑って、ケーキを切るのを代わる。

今日は、今日はいいや、拓未を許してあげよう。


だって、今日は私の誕生日なんだから。
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