ご褒美は唇にちょうだい
操の気持ちを無視し続けたのは、夢のためだ。
俺と彼女の共通の夢。操の女優としての成功。

そこに甘やかな私情はいらない。

だから、俺は卑怯にも操の気持ちを無視する。
ここまで言わせておいて、敢えて無視をする。


「操さん……」


俺の口調の変化に操が肩を震わせた。
おそるおそる上げられた顔は、涙でひどい有様。
だけど、そんなところもまた一際美しく見えた。


「帰りましょう。送ります」


操が凍り付いたのは、刹那だった。

それから彼女は絶望的に微笑んだ。俺の意図するところがわかったようだ。

するりと腕が解かれる。
操は俺の身体から離れると、背を向け涙をぬぐっている。


「うん、帰る」


俺も彼女も気持ちに蓋をするのが本当に上手だ。
お互いきつく縛り合っておきながら、肝心な部分は知らん顔できる。


それ以上俺たちの間に会話はなく、操を送り届けると俺は事務所に向かった。
このスキャンダルの善後策の検討のために。




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