次の年には忘れてしまう
 
 
 
 
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雪穂が冬夜を初めて見かけたのは、彼女がそこにその日通うようになって、三度目になるときのことだった。






十二月三十一日二十二時。


人の気配など、二度過ごした今までは微塵もなかった師走最後の夜の墓地、報告や何気ない話も一段落つき、祖母が眠る墓の前で雪穂がぼうっとしていたところ、五メートルほど右後方で、そこにある墓を抱きしめている男性を目にした。


否、泣き崩れ立てなくなり、縋りついているといったほうが正しいのかもしれないけれど。


人の、それも男性がいることに警戒し、傘の柄を強く握ったのは一瞬。雪穂は、音無く降り積もった雪のせいでそこが淡く光るものだから、五メートル右後方の男性の様子がわかってしまい、居ても立ってもいられなくなってしまった。


そうっと、音を立てないように、雪穂は身体全部をそちらに向ける。


男性は雪穂に気づくことはなかった。ただただ、愛しい人を抱きしめるように、その墓に手を伸ばし、空から降りてくるものと同じように、音無く泣いていた。




八年前。雪穂自身、あの男性と同じように泣いたことがある。縋る対象は人間で、雪穂の母で、もう今何処にいるのか、生死さえも不明な、雪穂を捨てていった人。場所はこことは違う。あれは、何度目の引っ越し先だったろう。アパート名も思い出せない。


あまり思い出したくないことばかり。


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