君と10cm。

翼を広げる。

人なんて、所詮細胞の塊だと言われてきた私の人生。

人なんて、次々消えていくし、次々裏切っていく。

それがどんな友情で繋がってたって、どんな恋情で繋がってたって一緒のこと。

私にははじめからそんなことはなかったけれど。

でも、信じてみてもいいかな。

春、教室、ザワザワと会話が聞こえるなか、私は一人だけ机に突っ伏していた。

だって、特にすることなんてないし、人とコミュニケーションなんてとれない。

私は、口で喋ることが出来ない。

ヘレン・ケラーと同じような病になっちゃって。

自分の声を聞いたことがない。

ましてや、歌ったこともない。

だけど、皆の前で堂々と歌っている歌手の人が好き。

いつか私も、喋れたなら。

淡い淡い夢だけど、歌手になってみたいって思ってる。

幸せを届けたいから。みんなに。

「皆さん、はじめまして。教師の佐瀬川 如江と言います。これから一年、よろしくお願いします。」

切れ長の目に、顔が整っているのがわかりやすい。そうみんなも言う。

「では、学級委員を決めます。」

どーせ、私には関係ないしほかっとこ。
立候補した人がいたら、応援するし。

良いでしょ、迷惑になってないなら。

「では、くじ引きで決めますよ!」

え、ま、ちょっと、待って。

「では、まずは男子から!」

え、ちょ、ま、まってよ先生。

「黒澤 玲君ですね。」

そう、名前が書かれた紙を取り出してニコニコしながら、"女子"と書かれた箱に手を突っ込む。

…。

「えーっと、相原 永子さんです。」

……え、マジですか。いや、ほんとマジ勘弁。無理無理、絶対無理だっつーの、このババァ、ふざけんな。だいたい私はしゃべれな…

「…おい、エーコ。」

そう、私の目の前にでかでかと黒い服を着た奴が現れた。

「エーコ、これから、一緒なんだけど、なんか言葉は?」

……喋れないし、どうしよう。この人って、手話って通じるかな…。まぁ、試してみるけど。…。

そう言うと永子は、手話をやって見せた。"これからよろしく、私は永子。”と、とても分かりやすい手話で。

「…ふーん、…お前喋れないのか。ごめんな、さっき。こちらこそ、よろしく」

無愛想なのは代わりないが、あの人は私の手話が読めたのだろうか…?

でも、内容はあってるから…。

「ねぇねぇ、エーコちゃん!」

大きな声で後ろから話をかけてきた女の子。

ふわふわの髪の毛に、アホ毛いい具合に立ってる。

ゆるふわ系女子。

「エーコちゃん、手話出来るんだね!凄いなぁー、私も手話習ってるんだけどさぁー」

長々と話をしてくる少女は、手話を習ってる…と言っていたけど、なんで習ってるの?習う必要があるの?思いのまま喋れて、歌える。

そんな力があるのに…、私にはない、そんな力が…。

「私、大泉 柚李って言うの!よろしくね!」

そう、元気に話しかけてくれた。小学、中学と来たけれど、高校で初めてこうやって話をしてくれた子がいて、ほんとうに嬉しかった。

何より、私のことをわかってくれたこと。

黒澤と話してただけで、わかってくれたこと。

本当に嬉しくて、嬉しくて、たまらなかった。だけど、一年って早いからすぐにお別れなのかな。

それはちょっと心細くて嫌だ。

このまま、時が流れるのが止まってくれたら良いのに。

私たちだけでも、いいから。

"よろしくね、柚李"

そうやって手話をすると、柚李はとても嬉しそうな顔で、

「エーコちゃんカワイイ~」と言ってくるので焦るように対処してしまった。ゴメン。ほんと謝る。

「…あのさ、永子」

黒澤が躊躇うような口で私の名前を呼んだ。

顔だけでも、「なぁに?」という表情を見せた。

「俺だけじゃ、学級守れねーし、少しだけでもいいから、手伝って欲しい。」

そうやって言った。

私は手話で、"当たり前じゃない、クラスメイトだし、みんな優しそうだし、手伝ってくれるよ、お互い頑張ろう、"と、やった。

「ありがとな、サンキュ。」

そう言うと私の頭をクシャクシャともみくちゃにした。

子供を扱うような、でも、優しさで溢れていた大きな大きな手だった。
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