君に向かって、僕は叫ぶ。

迷うことなく、僕は白いフェンスを越えた。

久しぶりに外に出ると、まだ昼間なのに空は薄暗く感じられて、風が生ぬるい。

重たくゆっくりと流れる雲が、もうすぐ梅雨が来ることを知らせていた。


ふと下を見ると、予想以上に地面が遠かった。

でも不思議と恐怖心はない。

むしろ、心はとても穏やかで、まるで今日の空とは正反対だ。

どんよりとした、灰色の空。

こんな日に死のうとする僕は、ついていないのかもしれない。


でも、もう無理だった。


目覚めた日、みんなが死んだと聞かされた時。

美咲を傷つけて、美咲の笑顔を壊したことに気付いた時。

今まで何度も思った。

「何で僕は生きてるんだろう」って。


誰かを傷つけて生きることに何の意味があるのか。

そんなこと僕には分からない。

でも、もう考えなくていい。


だって僕は、"生きること"をやめるんだから。


ふっと目を閉じて、手の力を抜き、体を前に倒す。

支えを失った僕の体は、地面に向かって落ちようとする。


「最初から、こうしていればよかったのか。」

でも。

「ふざけないでっ!!!!!!!!」


そう呟いた瞬間、僕の思考と体が止まった。

大声に驚いて目を開けると、頭上には息を荒げながら僕の右手を掴む、美咲がいた。

美咲は、フェンスから上半身を出して僕が落ちるのを止めていた。

僕は、美咲の痛いくらいに掴む左手を見ながら、声をこぼす。

「....み、美咲...!何で...!?」

「ばかっ!!!!」

「!!」

美咲は僕の言葉を遮るように、大声を出す。

「湊のばか!!!何してんの!!!!何が、"忘れ物した"よ!!!嘘つき!!
帰ってくるのが遅いと思ったら、階段昇ってくし!嫌な気がしてついてきたら、死のうとするなんて!!ばっかじゃないの!!!」

僕は、美咲の顔を見れなかった。

声を荒げて、怒っているからじゃない。


分かってたから。

美咲が泣いてることが。


でも、美咲が泣いてるのを見たら、甘えてしまいそうで。

僕は、顔をそむけたまま謝った。

「ごめん.....。嘘ついて、ごめん。」

「湊は本当にばかだよっ...!こういうときは、謝る前にすることあるでしょ...!」

「することって...?」

そう聞いた僕に、美咲は泣きながら言う。

「....お願いだから...!我慢しないで...、話したいこと、誰かに聞いてほしかったことを、話して...!!」

震えながら、掴んだ僕の右手を美咲は、握りなおした。

「湊。甘えたって、泣いたって、いいんだってば...!!」

その言葉を聞いた瞬間、僕の目から、こらえていた涙がこぼれた。

「.....っ!!...み、さき....!!苦しい....悲しいよ...!
みんないなくなっちゃったっ...!母さんも父さんも、渚もっ!
なのに!僕だけ、生きててっ...!...みんな、苦しんでたのに....!うぅ...っ僕は....!」

もう、止まらなかった。

それでも美咲は、子供みたいに泣き続ける僕の話をずっと聞いてくれた。

そして、美咲は笑って言う。

「大丈夫だよ。湊のそばには、私がついてる。」

その笑顔は昔と変わらず、向日葵のように温かった。
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