Last present ~夢を繋いで~ ※Episode2&3追加5.30
2.近くて遠いプリンセス -秋弦-


「おいっ、秋弦【しづる】。
 少し遊んで帰るだろ」

「あっ、けどエレクトーンが……」

「そんなのサボっちまえよ」

「いやっ、奏音が……」


そこまで言いかけて、俺は口を噤んだ。


「奏音って、松峰転校しただろ。
 一学期の終わりにさ。

 しっかりしろよっ秋弦。
 それより今日どうすんだよ」


俺のダチである、景【ケイ】が制服を着崩して
放課後、俺の方へと近づいてくる。


「H高の三島さんが今日来るって、三年の王崎さんが言ってた。
 エレクトーンなんかやってる場合かよ。

 行くぞ」


景に手をひかれるように、俺は中学の教室を飛び出して
商店街を駆け抜けて、たまり場になっているゲームセンターへと顔を出した。


煙草の煙が充満するゲームセンターの一角。
何人もの制服を着た集団が、俺たちを招き入れる。



「お疲れ様です」

「おぉ、景来たかっ。
 秋弦、お前も久しぶりだな」


そう言って輪の中心で、煙草をくわえながら手招きする高校生の王崎さんと
俺たちの中学の属に言う不良のトップ三島さんが声をかける。


「王崎さん、三島さんご無沙汰しています」


俺は会釈をしながら挨拶する。

 


俺、泉貴秋弦【みずき しづる】はK中学に通う一年生。

ガキの頃は、カードゲームや
ボールを追いかけるのが大好きだった。


わんぱく小僧だったガキは中学に入った途端に、
不良と呼ばれるグループと交流を持つようになった。


そんな俺が……中学に入ってもやめられなかったのはエレクトーン。


気になるアイツの気を少しでもひきたくて始めたエレクトーン。




そんな俺は、エレクトーン教室の日は休みたくなくて
不良グループに居ながらも、集会に顔出せない時が多々あった。



それでも景たちは、俺に居場所をくれた。



そんな俺の生活がガラリと変わったのは、
一学期の終わり。


何も聞かされないまま担任が告げた一言で、
アイツが転校することを知った。


一学期の終業式の後から、隣の家は引っ越しの準備に騒がしくなって
七月の終わりにアイツは隣の家から消えて、隣町へと移った。


それ以来、エレクトーン教室には顔を出せないでいた。



「おいっ、秋弦。
 ボーっとすんなよ、移動するぞ」



ゲームセンターでメンバーと合流して、
少し遊んだ後、場所をマクドナルドへうつす。


店の一角にたむろう中学生たちの集団。


順番にそれぞれが注文して、商品を手にして
テーブルへと着席する。

マクドナルドの硝子越しに見えるのは、
向かい側の楽器店の真っ白いフォルムのエレクトーン。


ガラス越しにボーっと、楽器を視線で捉えながら
引っ越ししてしまったアイツのことを思う。



正直、エレクトーンを俺がやるなんて思いもしなかったんだけどな。


俺がエレクトーンと出逢うきっかけを作ったのは松峰奏音。

隣の社宅に住んでいたアイツが始めたんだ。



小学生の低学年までは、
俺と一緒に虫を取りに行ったり、サッカーしたりして遊んでたアイツが
TVで見かけて一目ぼれしたとかでふみやって名前のガキのエレクトーン奏者に
熱を上げ過ぎて、夢中になりやがった。


明けても暮れても奏音は、エレクトーンにどっぷりとつかりやがって
アイツの会話は全部、エレクトーンの話題のみ。

何処のドイツか知らない野郎に奏音を奪われるのも癪に障るし、
アイツがエレクトーンの演奏をする男に惹かれてんなら
俺もアイツが気になる存在になって野郎って。


そんな思いでアイツが通う音楽教室の扉を開けた。



そのおかげで、俺とアイツはエレクトーンと言う話題が繋いでくれた。



ずっと続くと思ってたんだ。




今はエレクトーンしか話題がなくても、
その会話の先にアイツを俺の彼女にして見せるって
そんな想いがさ。


だけどアイツはお父さんの転勤で
隣町に行っちまった。



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