意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)
29 名前を呼んで
「どこが万事解決なのよ! まだ解決していないでしょう?」
 NYと日本、かけ離れて暮らしている私たち。
 私は仕事と木島を両天秤にかけ、揺れ動いている状態だ。
 それに先ほどの私からの問いについても木島からは返答がない。
 迫ってくる木島の胸を両手で押し返し、私は必死に叫んだ。
 だが、当の木島はどこ吹く風。きょとんとして、何度か瞬きをしている。
 その緊張感のなさを見て、一人だけ吹っ切れたような様子に怒りが込み上げてくる。
「木島さん!」
「健人」
 え? 今度はこちらが瞬きをする番だ。
 パチパチと何度か瞬きをしていると、彼に両手首をベッドに押しつけられた。
 驚いて目を大きく見開くと、木島の顔が近づいてくる。
 唇に触れる瞬間、木島の囁きが聞こえた――― これからは健人と呼んで。
 木島のお願いに答える前に、唇が塞がれた。それも熱くて柔らかくて……情熱的な唇で。
 麻友、と何度も耳元で囁かれ、それだけで力が入らなくなってしまう。
 私も恥ずかしさや照れなどはどこかに吹き飛んでしまったようで、木島を一途に求める。
 彼の背中に手を回し、ギュッと抱きついた。
 服越しに温もりを感じる。もし、素肌で彼と抱きしめ合ったら……どんな気持ちになるのだろう。
 今のこの状態でも幸せでフワフワとした気分なのに、裸の木島に触れたら……ああ、もう心臓がいくつあっても足りないはずだ。
 すでに夢見心地の私の耳元で、木島は先ほどの私の質問に答えた。
「麻友は仕事を続けて良いから」
「は? だって、それじゃあ……」
 木島と離ればなれになることになる。
 日本とNY。離れすぎていて、いつか辛くなる日がやってくる。そんなのイヤだ。
 我が儘だってわかっている。仕事か木島、どちらかを選べない私はズルイのかもしれない。
 だけど、それでも……!!
 ギュッと木島に抱きつき、私は何度も首を横に振った。
 イヤだ、もう木島と離れていたくない。あの締め付けるようなせつなさ、寂しさ。温もりを求めて何度も夢を見た。
 もうあんな思いをしたくない。
「イヤよ。私、木島さんと離れるのイヤだわ」
「可愛いこと言ってくれるんだな。嬉しいよ、麻友」
 木島の手は私の首筋に触れ、そして鎖骨辺りにも触れる。そのたびに私は彼の熱を感じて身体を高ぶらせていく。
「ねぇ、はぐらかさないで」
「ん?」
「私、貴方ともう離れていたくないの。だけど今はまだ」
「仕事か俺か、決められないんだろう?」
 視界が滲む。私はいつからこんなに涙もろくなってしまったのか。
 木島の前だといつもの私じゃいられなくなる。
 無防備に涙を流す姿を見せる自分に驚きが隠せない。
 ギュッと目を瞑ると涙は頬を伝っていく。それを木島は指で絡み取り、何度も拭いてくれた。
「大丈夫だよ、麻友」
「木島さん?」
「君の悩みは解消。俺の覚悟も決まった。何も心配する必要はないな」
 いや、全然解消されていない。木島の口からなんの打開策も聞いていないのだから。
 自分ひとりだけ納得しているだなんてズルイ。
 そう抗議をすると、木島は艶やかな笑みを浮かべる。その表情は反則気味に艶っぽい。
 彼の顔を見ただけで、ドキッと胸が大きく高鳴った。
「とにかく麻友は心配しなくていい」
「でも! 種明かしをしてもらわないと、不安になるわ」
 私の主張はもっともだと思う。大丈夫だ、大丈夫だと言われても、具体的な案がなければ安心などできない。
 断固抗議する私に対し、木島は「菊池女史は相変わらずだな」と苦笑するばかりで、肝心なことをは口にだしてくれない。
 拗ねる私に、木島は優しげにほほ笑んだ。
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