意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)

「あちらは海外事業部の課長」
「はい!」
「で、私は営業事業部の主任。ここまではわかるかしら?」

 もちろんです、と鼻息荒く頷く彼女はフレッシャーズといった感じだ。
 私は持っていたペンをくるりと回し、彼女に向ける。

「私は主任なわけ。海外事業部の課長と仕事関係で話すことはないわね」
「そうなんですか~?」

 初めて知ったといった様子の彼女に「そうよ」と強く念を押す。
 真剣に私の話を聞き入っている彼女に、真面目に諭した。

「いい? 海外事業部の課長が我が課に来たときは、うちの課長に取り次げばいいの」
「わかりました~。じゃあ課長に声をかけてきます」

 素直でよろしい。フムフムと深く頷く私に、周りにいた部下たちがニマニマと意味ありげに笑っている。
 どうしたのかしら? と心の中で疑問を抱く私に、部下たちは口々に勝手なことを言い出す。

「菊池さーん、木島さんに懐かれましたね。何かあったんですか?」
「今度は菊池さんと木島さんをくっつけちゃいましょうか」

 なんと恐ろしいことを言い出したのか、この子たちは。
 口角をヒクヒクさせている私の頭上から、トドメのような言葉が飛んできた。

「それはいい。うちの嫁に色目を使うヤツは、即刻潰す。それが俺のポリシーだからな」
「……課長」

 振り返ると、藤沢課長が腕組みをしてなにやら思惑顔だ。
 怪訝な顔をして課長を見上げると、課長は悪魔のような笑みを浮かべた。

「アイツの興味は菊池女史に移った。こんなにめでたいことはない。俺は応援する」
「片瀬さんの将来が不安になったわ……」

 大きくため息をついていると、聞きたくない声が聞こえてきた。
 知らない振り、見ない振り。すっとぼけて無視をしてやりたい。

 パソコンのディスプレイを見たまま固まる私を余所に、その男は藤沢課長に声をかけた。

< 26 / 131 >

この作品をシェア

pagetop