意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)

「麻友ちゃん、久しぶり」
「……」

 取引会社専用の営業スマイルで、私は曖昧に首を傾げる。しかし、顔は絶対に引き攣っているはずだ。

 だって笑えているようで笑えていないのが、鏡を見なくてもわかる。
 ピクピクと頬が痙攣して痛いほどだ。

 久しぶりだと目の前の男は言うが、全然久しぶりでもなんでもない。

 先週の水曜、関係者でもないのに営業会議に出席し、私の隣の席を陣取ったのはコイツである。

 どうやら自分のことをカッコいいと思い込んでいるらしき、この目の前の人物。
 彼の名前は田中という。下の名前まで覚えるほど親しくもないし、必要もないと思っている。

 一応、常務の息子ということで、蔑ろにできない人物でもある。
 しかし、本当に仕事ができないヤツだという話だ。
 絶対にコネ入社であることは間違いない。

 この男、一応庶務部の課長であり、庶務課には彼のデスクもある。しかし、あまり庶務の仕事はしないと有名な人物なのだ。

 本来の庶務の仕事をすることなく、どうやら父親である常務にへばりついているようである。

 本人曰く、「将来父さんの仕事を引き継ぐのだから、今から地盤固めしないと」と言っているらしい。
 しかし、誰もが口に出さないが常務の代わりが勤まるわけがないと皆が思っている。

 彼が万が一、常務職に就いた暁には……この沢コーポレーションの最後だと思う。
 こんな仕事をしない男に庶務部の課長職を渡すなら、私がいただきたいものだ。

 欲目を除いても、私の方が仕事をしているといってもらえると自負している。

 私の嫌々な態度に気が付かない大物の田中は、相変わらずベタベタと私に触れてくる。
 それをサラリと躱す。しかし、目の前の田中は自分が嫌われているなどと露ほどにも思っていないようだ。
 全く頭が痛くなる。
 
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