意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)

「心配は無用よ。結婚なんて話は出ていないし、仕事は辞めないわよ」

 ほら、仕事して。と、ツンと澄まして言い切ると、あちこちで安堵のため息が零れた。

 その様子を見て、温かい何かが胸に込み上げる。
 仕事に戻った部下たちから視線を逸らし、自分も仕事をしようかと再びキーボードを叩こうとした。だが、藤沢に中断させられた。

「菊池女史、ちょっといいか」
「はい?」
「今後のことについて、少しだけ」
 
 小さく耳打ちする藤沢に私は頷き、彼のあとを着いていく。

 営業事業部の隣にある会議室に入り、藤沢は私に座るように促す。それに従い、パイプ椅子に座ると、藤沢は難しい顔をして私を見つめてきた。

「先ほどの結婚の話。そして退職の話。噂だけで真実は違うということで間違いないか?」
「どういうことでしょう?」

 含みがある言い方である。怪訝に思って眉を顰める私を、藤沢は腕組みをして壁に寄りかかりながら厳しい表情で見つめる。

「実は、違うルートで君の結婚の話を聞いていた」
「別のルートとは?」
「上、と言えば、わかってもらえるか?」

 藤沢は上の階を指差して言う。重役会議でその話題が出たというのか。

 田中が本腰を入れてきたということなのだろう。頭が痛いものだ。
 菊池家も私の結婚に躍起になっている。父にとっては渡りに舟状態に違いない。

 それがわかっているからこそ、どうにかして阻止しなければ。
 思案に暮れている私に、藤沢は小さくため息をついた。

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