意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)

「名前」
「は?」
「俺の名前。役職名で呼ばないこと。前に木島って呼んでくれたのに」
「あ……ああ」

 確かにいつもは役職で呼んでいたのだが、ふとしたときに名字で呼んだことがあった。
 そのとき、目の前の男がかなり喜んでいたことは記憶している。

 腑に落ちた私に、木島は意地悪っぽく笑う。

「下の名前で呼んでもいいよ」
「はぁ?」
「俺の下の名前、覚えているよね。取引先の担当者名を覚えるのが得意な菊池さんなら、一度名刺を受け取った相手の名前を忘れるわけがないよな?」
「そんなの時と場合によって、よ。必要がないと思えば覚えないわ」

 冷たく言い放つ私に、彼は「あはは、さすがは菊池女史。一筋縄ではいかないな」そういって何故か楽しげに笑っている。何が楽しいのか、さっぱりわからない。

 悔しいから言わないが、キチンと覚えてしまっている。
 木島健人 ―――― 絶対に目の前の男には言ってやらないけど。

 箸を置き、テーブルに置かれた会計伝票を持つ。そしてすかさず隣の席に置いてあった会計伝票も掴んだ。
 
「菊池さん、手にしている二枚の伝票貸して」
「いやよ、一枚は私のモノでしょ?」
「二枚のうち、一枚は俺のだ。それに、俺はどちらも払うつもりでいた」
「それは貴方の勝手な意見でしょ? 今回は私が払うわ」
「……」
「一度奢ってもらったから。これで借りはチャラね」

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