意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)
12 逃げられない!?

(何、どういうことよ!?)

 しゃべるなとは言った。確かにこの男、木島は言ったはずだ。
 それもいつもは皐月空の下にそよぐ風のように爽やかな彼が、だ。

 思わず背筋が凍るような声で「静かに」と言ったため、私は彼の言葉に従ったまでである。
 しかし、だ。これは一体どういう状況なのか。誰か教えてほしいものだ。


「さて、ここまで来れば大丈夫だろう」
「……」

 どこが大丈夫だというのか。頭が痛くなってきた。

 ここは会社近隣にあるビジネスホテルの一室。そこに会社の同僚といること自体、緊急事態である。どう考えても大丈夫ではないことは明白だ。

 恋愛に全くと言っていいほど興味はなく、今まですべて色恋沙汰はスルーしてきた女だ。
 そしてそれはこれからもずっと変わらないスタンスを保っていく所存である。

 それなのに、異性とホテルの密室に閉じこもっている現実。
 これは貞操の危機と判断したほうがいいのだろうか。一応、私はこう見えて性別は女であるのだから。

 手持ちぶさたというか、少々パニックを起こしている私の心情は穏やかではない。
 すでに及び腰の私に、木島はソファーを指差した。

「とにかく座って」
「いや……まぁ、そのぉ」

 変に意識するのもおかしいとは思うが、素直に木島の前に座ることができない。
 そんな私の心中を悟っているのか。木島は嬉しそうに目尻に皺を寄せる。

「俺のこと、意識してくれているんだ?」
「な、なに言っているのかしら。別に私は……」

 いつもの歯切れの良さはどこにいってしまったのか。自分で叫びたくなるほど、声に張りがない。
 木島は、フッと楽しげに笑い声を零すと、もう一度ソファ―を指差した。

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