意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)

「牛丼屋の前で君を抱きしめただろう?」
「ええ」

 そのときの熱い抱擁を思い出し、カッと頬が赤くなった。
 だが、それを誤魔化すように咳払いをして頷く。

 木島はそんな私の態度を突っ込むことはなく、真剣な眼差しで私を見つめる。

「遠目で確認した。庶務部課長の田中がいた」
「え……!?」

 驚いて目を丸くする私に、木島は小さく嘆息した。

「田中課長は君を見て、近寄ってこようとしていた。君を捕まえるためだろうな。今、本社では君に変な噂がたっていると聞いた。菊池さんは彼に会うことを避けたいだろう。違うか?」
「どうして……」

 田中が私に対し好意を抱いていると木島は知っているだろう。
 一度、会社で田中に言い寄られているところを彼は助けてくれたからだ。

 しかし、どうして木島は今、私の身に降りかかっている噂のことを知っているのだろう。
 彼はずっとNYにいたはずだ。それなのに、なぜ……
 
「君と田中が結婚するとか、しないとか。そんな噂を聞いたよ」
「だから、どうして!? そんなことを貴方が知っているのよ?」
「君の結婚相手だと噂されている人物の名前をどうして明確に言い当てることができたのか、って聞きたいのか?」
「そのとおりよ!」

 社内で流れている噂の内容とすれば、私が結婚をして寿退社するかもしれないというところまでだ。

 その相手は誰だろうかという憶測の段階で、しっかりとした名前は挙がっていないのが現状である。
 庶務部課長の田中か、もしくは営業事業部課長の木島か。
 そんなことを囁いていることは知っている。知っているが……。

 木島はしっかりと田中だと明言している。田中のことだと言い切れるのは、役員会議に出た人間のみのはずだ。
 営業事業部課長である藤沢が言うには、なんでもこの件については箝口令が出ているらしく、外部には当分の間は漏れないだろうという見解である。

 しかしあっけなく私にバラした人間がいる。藤沢だ。
 
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