意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)

「君にインドネシア工場で生産されているアダプタの件、お願いしておいただろう?」
「ええ。ヨーロッパ各国で来年から施行される新しい安全マークをつけるよう、すでにインドネシアにいるスタッフには通達済み。今ラインで生産されている商品で、ヨーロッパ向けに販売するモノすべてに安全マークは付けてあるわ」

 現地スタッフからも連絡もあったし、商品も輸送してもらって安全マークが付いているか確認した。それは藤沢も一緒に確認をしたので知っていることであろう。
 ドイツ支社のスタッフも確認済みのはずだ。それなのに何を今さら言い出したのだろうか。

 怪訝に思って藤沢を見つめていると、彼は再び大きく息をついた。

「海外事業部から連絡があった。ヨーロッパ市場に、新しい安全マークをつけていない商品が出てしまったということだ」
「なっ! でも、すでに工場ラインではすべての商品に安全マークを付けているはずよ。どうしてそんなことに……」

 ヨーロッパ市場で、今回のアダプタへの安全マークの施行は来年春から。まだ移行期間ではあるが、通常早めに切り替えることになっている。

 インドネシアの工場では、すでに新しい安全マークをつけたものを生産されていたはずなのに、なぜ……。
 私の疑問に、藤沢は淡々と答える。

「安全マークが付いていないアダプタだが、日本向けのものとして生産していたものが紛れ込んでしまったらしい」
「そんな初歩的なことを……どうして!?」

 海外向けのもの、そして日本国内の市場に出すもの。同じ工場で生産していたのは確かだ。
 今回の安全マークについてはヨーロッパ市場向けであり、日本国内で流通するものには別のマークが付けられることになっている。
 もちろんマークの形などは違うものだ。

 どこでそんなミスを、と頭を抱える私に、藤沢は天井を仰いで呟いた。

「なんでも本社の営業事業部の人間が指示を出したというんだ」
「え……?」
「日本向けのアダプタを、次回ドイツに納入するときにサンプルとして百個付けるように、と」
「何それ! 日本向けのアダプタをドイツにサンプルとして持っていくだなんて! そんな必要どこにあるっていうの!?」

 思わず声が大きくなってしまった。
 営業事業部内の社員が皆、ビックリして私たちに視線を向けているのがわかる。

 しかし、今の私はそれどころではなかった。

< 82 / 131 >

この作品をシェア

pagetop