意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)

「田中君。君の処罰は後で通知する。もちろん、君の息子である田中庶務課長もだ」
「しゃ、社長!!」

 なんとか思いとどめてもらおうと考えたのだろう。縋り付くような目をする常務に社長は厳しく言葉を発した。

「君は、他にも色々と影で動いていたようだ。それも会社の不利益になるようなことを」
「っ!」
「出て行きたまえ!」

 何か言葉を発しようとする常務だったが、自分が窮地に追い込まれ、挙げ句今までの悪事も社長が把握しているということがわかったのだろう。
 肩を落とし、会議室を出て行った。

 やっと訪れた静寂に、社長は小さくため息をついたあと、私に向かって頭を下げてきた。
 突然のことで頭が真っ白になる。慌てる私に、社長は申し訳なさそうに言葉を口にする。

「菊池君、申し訳なかった」
「しゃ、社長……?」
「田中常務は、今まで裏でいろんな悪事を行っていた。しかし、なかなか尻尾を掴めず、会社としても困っていたところだった」
「そこで、今回のことを明るみにし、常務に退いてもらおうとした。そういうことで間違いないでしょうか?」

 一瞬言葉を失った社長を横目に、隣に座っていた専務がクツクツと楽しげに笑った。

「さすがは菊池女史。君の噂はここまで聞こえていましたよ」
「……」
「美人なくせにそれを隠す、ちょっと変わり者。だけど仕事に関しては手を抜くこともなく、部下からの信頼も厚い。そんな君なら、この局面耐えてくれるんじゃないかと思っていた。利用させてもらって悪かったね」

 悪かったじゃない。今回の件で、会社にとっての虫螻を退治できたのは良かったとしよう。
 しかし、そのために利用されていたというのは納得がいかない。

 どんな思いで私がこの数日間過ごしていたのか。営業事業部のみんなが頑張ってくれていたのか。
 それをひと言で謝って済ますというのは、それこそ虫が良すぎるというものだ。

 私はキッと専務を睨み付け、後先考えずに叫んでいた。

「専務は間違っておられました。確かに会社の不利益になるであろう人物を退けたい気持ちはわかります。そのために、今回を絶好のチャンスだと考えたことも理解できます。ですが、専務があずかり知らぬところで必死に動いていた社員がいるということを忘れないでいただきたいです!」

 誰もが目を丸くしている。社長にいたっては口をぽっかり開けて、不思議な者を見るような目をしている。
 まさか主任クラスの女が、重役を目の前に楯を突くとは思ってもいなかったのだろう。

 やっぱり胸ポケットにある辞表を提出するべきかしら。そんな考えが過ぎったとき、再び専務が笑い出した。

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