意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)

「でも、菊池主任」
「なに?」
「木島さん、NYに帰っちゃって寂しくないですかぁ?」
「っ!」

 言葉に詰まる私に、課の面々はニンマリと意味ありげに笑う。
 こういうところの一致団結は、かなり固いと思う。

 逃げ腰の私に、茅野さんはチビチビ焼酎を飲みながら指摘してきた。

「やっぱりぃ、今回の功労者は木島課長だと思うんですよぉ。有休なんて取って菊池さんを見捨てた! なんて思ってたけど、本当は一人でかけずり回っていたんですよねぇ」
「そうそう、凄いわよね。アダプタを見つけ出して会社に飛び込んで来たときの木島課長、必死そのものだったもの」
「菊池主任が役員会議に行ってしまったって聞いた途端、青ざめてさぁ~」

 木島がアダプタを探し出し、本社に飛び込んで来たときの格好を思い出す。

 確かに必死そのものだった。
 時間が惜しかったのだろう。いつもはパリッとスーツを着こなし、清潔感溢れる彼なのに、どこかヨレヨレだった。

 インドネシアから飛行機で日本に降り立ち、その足ですぐさま本社に駆け込んできたからだろう。
 なんとかタイムリミット前にたどり着くために……。

 あの日。会議室から出たところで、木島に腕を掴まれ、その隣にあるミーティングルームに連れ込まれた。

「久しぶり、菊池女史」
「べ、別に久しぶりでもなんでもないわ。顔を合わさなかったのは五日だけでしょう?」

 ドキドキする。どうした、私の心臓。
 先ほどの役員会議より緊張しているだなんて、一体どうしたというのだろう。

 苦しいほどドキドキしているのを目の前の男に悟られたくなくて、いつもどおりのクールな菊池女史を演じる。
 そんな私を知ってか知らぬか。木島は目を細めて、私の顔を覗き込んできた。

「俺は君に会いたくてしかたがなかったのに……相変わらずつれない人だな」
「っ!」

 ドクンと大きく胸が高鳴った。本当にどうした、私の心臓。
 木島の声が聞こえないほど、胸が高鳴っている。

 一体どうしたのか。木島の一挙一動で、私の心がうるさくなる。

 未だにこの現象の理由がわかっていないのに、木島はますます私の心を乱していく。

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